その4

2017.12.05 Tuesday | by kawa-su

吉田先生の四十九日も終わり、価値創造学会も取りあえずは中泉理事長を中心に従来と変わらず広宣流布を目指して行くこととなった。理事は多少増え、中泉、黒木、原海、柏腹、角、木田、泉の7人となった。
 「太ちゃん、これから先、学会をどのようにしていくつもりなの」
 大倉商事に顔を出したときお母さんが聞いて来た。
 大倉商事は相変わらず目の回る忙しさであったが、学会での役職も増えて、目の回る忙しさに拍車がかかっている。新しく増えた学会の役職は本部の総務部長で、これは青年部の参謀長と同じ役割なのだ。だから青年部だけではなく、本部の作戦会議の中心となった訳だ。
 「中泉さんに聞いたんだけど、去年、中泉さんは吉田先生が死にそうになったとき枕元に呼ばれ『私が死んだら1年理事長をし、その後木田さんを九州から呼び寄せ3代会長にしろ』と言われたそうだ。そして、そのとき俺も理事にしてくれるそうだ」
 「ふ〜ん、それで太ちゃんは満足なの」
 お母さんの言いかたが気に食わなかったので「数年経てば理事長になれるよ。木田さんと一緒に価値創造学会を盛り上げていくさ」と自慢げに言った。
 「太ちゃん、三男君ってそんなに優秀」
 お母さんは何を言っているんだろうと真意を測りかねた。
 「吉田は確かに価値創造学会の3代を三男君に決めていた。でも全学会員に発表はしなかったよね。なぜ」
 「それは吉田先生が急死したからだよ。お母さんだって承知だろう」
 「それは宗教家としてはおかしな発言だよね」
 お母さんは何を言いたいのだろう。俺が黙っていると「吉田が死ぬ時を分かっていたのなら全学会員にちゃんと後継者を示したはずでしょう」と言った。
 確かにその通りだ。吉田先生が間違っていなかったのなら、死ぬ時も分かっていたはずだ。それにあの死んだときの地獄の相。吉田先生は間違っていたのか。
 「吉田は事業家としてはたいした者だった。でも宗教家としては間違いを幾つも犯した。完璧ではなかったし神様でもなかった。事業家としての吉田の意見は尊重できるかもしれないけど、宗教家としてはどうなのかなあ」
 「お母さん、吉田先生は75万世帯達成したんだよ。宗教家として最高の人だろう」
 「太ちゃん、だから言ったでしょう。事業家の吉田はたいした者だと。75万世帯と言うのは宗教家として優れているのではなく事業家として優れていたんだよ。だからその75万世帯の学会員をフルに使って大倉商事も発展したし盛況新聞も発展したでしょう。事業としては大成功なのよ。でも宗教家としては自分の死ぬ時も分からなかったなんて、おまけにあの死に顔を学会員に見せたのだから、完璧ではなかったでしょう」
 お母さんは一呼吸置いた。
 「太ちゃん、ビジネスは多少失敗しても良いの。でもね宗教は間違ったら終わりでしょう」
 何かが頭の中で光った。吉田先生が亡くなってから、もやもやしていたモノの正体が分かった感じがした。
 「太ちゃん、今、価値創造学会で一番の実力者は誰」
 少し考えて「中泉理事長」と答えた。
 「違うでしょう。彼は吉田が使いやすいから理事長にしていただけでしょう」
 「まあそうだけど、そうなると……木田さんかな」
 「太ちゃん、本当にそう思っているの。又、他の学会員も皆そう思っているの」
 木田さんは人気が無い。特に青年部では人気が無い。吉田先生が可愛がっているから嫉妬心もあって、心の内では木田さんが要職に就くのを快く思っていない。そしてこれは牧野門下生もそのようである。
 「太ちゃん、はっきり言うけど、三男君が3代会長になったら学会は割れるわよ。三男君では不満の学会員が沢山いるでしょ。吉田がちゃんと後継者を発表しておけば問題は無かった。吉田が発表しなかったのは自分の死期が分からなかったから。これは宗教者としては致命的。分からなかったら余計に早く後継者を決めておくべき。大体、去年死にそうになったのだから、あの時に発表すべきだったの。大会社だったら絶対にしてたはず。ところが吉田はしなかった。何故かと言うと、自分が突然死をする訳がないと思っていたから。学会員は今、完全に疑心暗鬼になっているわよ。太ちゃんだってそうでしょう」
 お母さんの推察には脱帽した。先ほど頭の中が光ったのはこのことだったのだ。
 「お母さんには参ったなあ」
 俺は軽く笑った。
 「で、俺にどうしろと」
 お母さんは一呼吸おき「太ちゃんが3代会長になりなよ」と言った。
 何となく予想はしていたが、はっきり言葉で出されるとそれなりの衝撃は来る。顔に出たと思う。
 「太ちゃん、理事長と言うのは会長から見ればめかけだよ。会長が正妻。私はめかけだからめかけのつらさが良く分かる。日陰者だよ。お天道様の下を堂々と歩けないんだよ。太ちゃんもそれで良いのかい」
 お母さんと別れた後、俺は自分の頭の中で作戦会議を開いた。
 学会の青年部は俺が手中にしている。初めは俺の上役だった幹部達も、今では俺の下で納得もしているし満足もしている。お金を充分使ったし、俺の作戦はいつもピカイチだったから。
 北条、森田の息子、原海の息子は問題ない。あの木田さんの義弟、春谷も今では俺になついている。せいぜい劉さんだが、劉さんは木田さんを嫌っているから上手く言えば問題ないだろう。面倒だったら議員にしてしまえば良い。だから青年部は全く問題ない。そうだ青年部を要職に就かす運動をして行こう。
 牧野門下の長老達は少し厄介かもしれない。現時点では長老達の方が、青年部より力が上だ。俺に味方をしてくれる理事は義父の黒木理事。後はお金を貸している原海理事くらいだなあ。青年部から何とか理事を送り込みたいものだ。しかし、長老達も木田さんには良い顔をしていない。俺の方が木田さんより100倍は人望がある。でもタナボタを狙っている理事もいるなあ。筆頭は勿論、中泉理事長。泉理事も資格ありだと思っているだろう。まあ一番思っているのが原海理事かもしれないが。だからまず味方につけるのは原海理事だな。原海理事を味方にして理事同士を牽制させよう。「3代会長なんぞ考えていない」とお互いに言わそう。それで時間が稼げる。原海理事には、理事長をお願いしたいと言えばどんなことでも協力してくれるだろう。
 良い考えが浮かんだ。一石二鳥のアイデアだ。吉田先生は自分の死期を去年悟っていたと発表させよう。吉田先生が死期を悟っていたのなら、3代会長を吉田先生が決めていたら当然発表をする。しかし、発表していなかったのだから、3代会長は過去の発言から青年部なら誰でも良いはずだ。勿論今の段階なら木田さんだが、俺だって負けてはいない。青年部内だけだったら俺だと思っている奴は沢山いるはずだ。それに吉田先生が木田さんを3代会長にすると言うのなら、九州総支部長にして理事にまでしているのだから、当然、去年発表しているはずだ。発表していないと言うことは、木田さんは会長ではなく他の役職を考えていたと言うことになる。他の役職とは国会議員だろう。国会議員にする為に全国に名前を売る手段として九州総支部長にした。これは誰もが納得する話だ。俺でもそう聞けば納得しそうだ。と言うことは、会長候補は青年部だとしたら俺しかいないではないか。そうだ、吉田先生が生前、内密に俺を会長にしたがっていたと言う噂を流そう。
 牧野会長と吉田会長の歳の差を考えれば俺と吉田先生の歳の差も同じくらいだ。これは良い。と言うより、本当に吉田先生が俺を後継者として考えてくれていたと俺でも思いそうだ。でも、大聖人様だけは理屈をあわせられない。まあ、あれは吉田先生の妄想だろう。
 吉田先生から、木田さんを会長にして俺を理事長にしてくれると聞いたときは嬉しかった。本当に木田さんを陰で支えようと思っていた。木田さんの出世に嫉妬から来る陰口を聞くたびに注意もした。そのように思い行動して行くと、段々木田さんを好きにもなっていった。
 木田さんは人が良くて何の話でも信用するし、悪い人、良い人の見分けがつかない。本当の善人なのだ。それに情熱的だし学問も高い。3代会長には俺より何百倍も相応しいだろう。でも周りが見えていない。周りの嫉妬心が分かっていない。正義がそのまま通用すると思っている。だから周りの者と相談しないで、正しいと思ったら突っ走ってしまう。そんな性格だから会長職は木田さんには良くないかもしれない。あの正義感は政治の方が相応しいかもしれない。そうだ、その通りなのだ。俺は木田さんが好きだし、木田さんのことを真剣に考えたら、木田さんを国会議員にした方が間違いなく良いのだ。
 俺は晴々した。木田さんを国会議員にすれば、それは会長職候補から外れると言うことでもある。俺の計画の大まかは決まった。

 


その3

2017.12.04 Monday | by kawa-su

昭和33年年(1958年)河田太作
吉田先生が死んだ。吉田先生が死んだ。どう言うことか全く分からない。
 吉田先生のあの死に顔はバチが当たった顔にしか見えなかった。まるで大聖人様を迫害した平左衛門尉の死に顔と同じなのではないか。原海の息子も林田の息子も北条も驚いた顔をしていた。
 吉田先生が亡くなって直ぐお母さんから呼び出しがあった。大倉商事に小西を連れて来て欲しいとのこと。
 「お母さんこれからお葬式もあるから時間がありません」
 「太ちゃん分かっている。でもこう言うのは早いに越したことが無いから。吉田が持っていた大倉商事の株の名義を変えるのと、吉田の個人財産を大倉商事と価値創造学会の名義に変えるから」
 お母さんの提案は肝を冷やす。俺が何も言わないと、「郁子さん学会員じゃあないでしょう。もたもたしていたら郁子さんの入っている霊友園に全部持っていかれちゃうわよ。そうなったら大倉商事も価値創造学会も痛手だし、ここまで頑張ったのは大倉商事と価値創造学会でしょう。郁子さんなんか何もしていないでしょ。太ちゃんの働きをみんな郁子さんにあげて良いの」としっかりしなさいよと言ってくる。
 吉田先生の財産は何億円とある。確かにその財産を吉田家に全部持って行かれるのは困る。と言うより、郁子さんが入ってる霊友園に全部布施をしてしまうかもしれない。吉田先生も郁子さんが霊友園に入っていたのは凄く悩んでいた。そして、これは、俺とお母さんしか知らないのだ。そんなことバレたら吉田先生のカリスマが無くなるから。

俺もお母さんと同じ考え方に変わった。

なんで何もしない吉田家に財産を渡さなければいけないのかと言う思いはある。それにお母さんの言う通り、今ならほとんどの財産は価値創造学会と大倉商事に移すことは可能だ。吉田先生の財産の中身に関しては泉社長も把握していないのだから。把握しているのは俺とお母さんだけだ。
 「確かにお母さんの言う通りだ。でも、全て名義を変えるのは明らかに不都合だから、8000万円くらいはそのままにしておこう。誰かがいずれ調べるから、そのとき吉田先生名義が0だと、これは逆に問題が出る。だから、吉田家とは8000万円あると言うことで交渉して数千万円渡せば良いだろう」
 「さすが太ちゃん頼りになる。私が男にしただけあるわ」
 「お母さん、小西もいるんだから誤解されるような言い方はしないでくださいよ」
 あらまあと言ってお母さんは口に手を当てたけど、吉田先生が亡くなったら重荷が取れて口も軽くなりそうだ。
 吉田先生の自宅には、実は高い美術品があった。それは、おそらく俺しか知らないだろう。俺が吉田先生のところに行ったとき、周りに誰もいないのを確認してから吉田先生は俺に言った。
 「太作、これ何の絵か分かるか。ルノワールだよ。ルノワールと言うとふくよかな女性と言うイメージだろう。でもこれはどうってことない風景画だ。ルノワールはこう言うのも描いていたんだよ。勿論、皆がよく知っているルノワールの絵よりは安いが、それでも2000万円したんだぞ。この絵を他のどうってことない美術品と一緒に飾っておくんだ。これは家族の者も知らない。愉快だろう。ルノワール以外の美術品は1万円もしないのばかりなのに、価値の分からない者にとっては、それらの絵とルノワールの絵は同じに見えるのさ。木は森に隠せと言うだろう」
 吉田先生が亡くなってから1ヵ月後、俺を入れて10人くらいで、吉田家にトラック2台で乗りつけ、吉田家にある美術品を運んだ。「これは大倉商事と価値創造学会名義で買ったものですから申し訳ないですが引き取らせてもらいます」と義父の黒木理事に言ってもらった。劉さんは張り切って若い者に指図をした。俺はこっそりルノワールの絵をトラックの助手席に載せた。勿論、後で我が家に運ぶ為だ。

 


その2

2017.12.03 Sunday | by kawa-su

昭和33年年(1958年)森定君子
吉田は亡くなった。学会員は全員驚いてたねえ。まさか死ぬ訳が無いと心から思っていたようだ。あの現実的な太ちゃんでも吉田が死んだのが信じられないようだった。
それにあの死に顔。地獄の底を覗いたような顔だった。あれほどひどい死に顔も無いだろう。若い学会員は何が起こったか分からないような顔をしていた。最も、幹部と言われる人しか拝むことはできなかったから何人も見た訳ではないけどね。
特に太ちゃんがぼーぜんとしていたね。自分の神様がもしかしたら悪魔だったと思ったかもしれないわねえ。それほどひどい死に様だったけど、私からすれば、あれだけ酒を呑んでいたのだから当然の死に方に見えた。それは郁子さんも同じだったみたい。だから取り乱していなかったねえ。
私みたいに、吉田を馬力のある男だとしか見ていない女にとっては、吉田は去年からもう長いことは無いなあと分かっていた。「酒は程々にしたら」と一応は言ったけど聞く訳はないし、しつこく言ったらテーブルをひっくり返されるからね。きっと郁子さん所でも同じだったと思うよ。だから郁子さんも覚悟はしていただろう。
さてこれから郁子さん所とは戦争だ。財産はほとんど渡さない。郁子さんなんか何もしていないのに、私は大倉商事をここまで大きくしたのだから。太ちゃんと小西に早急に会社の財産の名義変更をさせなくては。

 


7〜8年くらい前の小説

2017.12.02 Saturday | by kawa-su

データーが無くなってしまったので、何年前に書いたのかわからないのだが、最近ではない。おそらく7〜8年くらい前のものだと思う。

この小説は創価学会がモデルだ。週刊ポストで2代会長戸田が亡くなる前後の話が連載されていて、それがずいぶん参考になったのだが、いきなり打ち切りとなり、その理由もなかった。

もしかしたら、最終回を見なかったのか、それははっきりしていない。

しかし、その話がかなり面白かったし、知らない話もかなり出たので、私が書いている小説の一部に使った。次兄の世界もなんかこの小説とリンクしているようで、ここに一部だけ載せようかなと考えている。

 

昭和33年年(1958年)河田太作
『殺してやる』
 唸るような声を出して目が覚めた。身体全体が固まっている。汗も噴出している。何だ今のは。夢……夢だろう。俺が吉田先生の首を絞めていた。まだ指が固まって開かない。
 何か嫌な予感がする。
 吉田先生は去年の11月に肝臓と糖尿で入院をしたが、今年の2月には回復して、つい最近もこれからの7年計画を聞いたばかりだ。今月には大講堂の落成式で吉田先生自らお山で指揮を取っていた。張り切りすぎて少し寝込んでいるが、まさかのことはあるまい。あーそうだ。松葉の奴のことでこんな嫌な夢を見たんだ。首を絞めたのは吉田先生だと思ったが松葉だろう。夢だからそのような勘違いはある。それにしても松葉は夢でも苦労させる。吉田先生がお山の境内を車に乗ったから何だと言うんだ。吉田先生は学会の会長なのだから、いわばお山の大スポンサーだ。それをさも鬼の首を取ったみたいに「法主さえ山門を出るまでは乗り物を乗れないのに山門に車で入るとは」と批判しやがって。俺が松葉を呼び出して衣を脱がし裸にして川に放り込んだから気は晴れたが。
 原因が分かったからこれで寝られるだろう。
 「河田室長、大変です」
 血相を変えた小西の顔が目に付く。
 「どうした」
 「吉田先生が」
 急いで理境坊に駆けつけた。
 理境坊では医師が吉田先生の脈を見ている。
 「これは直ぐに大きな病院に運んだ方が良いです」
 医師の言葉に「日大病院の先生のところに電話しろ」と小西に怒鳴った。劉さんが車の手配をしに外に出た。青年部は沢山いるのに他の者はうろうろしているばかりだ。本当にいざと言うときは役に立たない奴ばかりだ。
 俺は林田に吉田先生のところに電話しろと言い、俺もお母さん(君子)のところに電話をかけた。
 お母さんとは日大病院玄関口で待ち合わせた。日も暮れようとしていた。
 「太ちゃん、どうなの」
 お母さんは落ち着いた感じである。少し安心した。
 俺はお母さんを連れ出して歩きながら話した。吉田先生の家族に見られるのも面倒だと思ったからだ。
 「悪いことは悪いようです。面会謝絶です」
 最近、吉田先生から7年計画を聞かされていたし、大聖人様の話も聞いたので、俺は第六天の魔王と戦っているんだなとしか思っていなかったから病状に関しては心配していなかった。お母さんが落ち着いているのも同じ気持ちなんだなあと感じていた。
 「太ちゃん、吉田が万が一のときは私の味方になってよ」
 「大丈夫ですよ。先生に万が一なんてありませんから」
 俺はお母さんが何を言うのだろうと不信に思った。
 「昨日、吉田が夢枕に立った。義武のことを頼むって。あの人、息子の義武のことを気にして夢枕に立ったのではないかと思ったの。太ちゃん、郁子さんの方に味方しないでね」
 吉田先生の奥様、郁子さんは、俺には心を許していない。大倉商事で君子さんと一緒に仕事をし始めたからだろう。でも、その前もよそよそしかったので、俺も吉田先生の家に行っても居心地が悪かった。だから吉田先生が万が一のときはお母さんの味方になるのは吝かではないが、それは7年後以降の話だろう。
 お母さんは熱心な学会員ではない。吉田先生が価値創造学会の会長だからそれに合わせて入信しているだけである。だから吉田先生の偉大さも使命も理解はしていない。それゆえ世間一般的な考え方をしてしまうのだろう。
 確かに、世間一般的に言えば吉田先生は危篤状態かもしれない。でもこれは法難であって大聖人様も味わってきたことだ。ご本尊様が守ってくれているから絶対に命を落とすなんてことは無い。そう言う説明をお母さんにしたが、お母さんは俺の話を聞いて頷くが最後は「太ちゃん味方になってね」としか言わなかった。

 


次兄のこと

2017.03.05 Sunday | by kawa-su

私の次兄のことを少し書こうと思う。

次兄は、ある特殊な世界では有名であるし、その世界では神のようにふるまっている。だから信者は盲目的に次兄を賛美するし、そこから脱退した人は次兄を非難する。

創価学会や、最近話題の幸福の科学でも規模は違うが同じような現象を作っている。

ただし、宗教と言うレベルで考えた場合は、次兄の方が池田大作とか大川隆法より段違いに上である。

しかし、力で言うのなら、現状世界で見れば明らかに段違いに池田大作、大川隆法の方が次兄より上である。

次兄は、自ら神、創造神としてふるまっているが、これは十界の天の世界で言えば間違いではない。ただし、この世界(地球)の創造神と言うのではなく、次兄の世界の神とか創造神と言うことでもある。

この世界は天が最高峰の世界である。だからこの世に生まれてきた人は天の世界をみんなが目指す。しかし、力や能力の少ない者は、天を創りだせないので、誰かが創った天の下に入る。

例えばソフトバンクは孫正義が創った会社だが、ソフトバンクと言う天では孫正義が神で社員は天の下で生きる者たちと言える。

それと同じで、この世界にはたくさんの世界が創られ、その世界だけ神もいると言うことでもあるし、その世界では神は絶対者でもあるのだ。

だから次兄が創った世界では、次兄は神であるし絶対者でもあるのは間違いではないのだ。

ただ、この世界の創造神かと言うと、それはあり得ない。

そもそも、創造神はこの世界では楽しむことができないのだ。

創造神は、自分が創った世界なのだから、すべて自分の思うようにできてしまう。

8億円のロト7を当てることもできるし、スポーツのスーパースターにもなれるし、世界一の長者にだってなれる。しかし、それが楽しいことや幸せなのだろうか? 常識で考えれば、そんな世界はつまんないはずだ。

その理屈は、現在のゲームで考えればもっとよくわかると思う。ゲームの制作者は、そのゲームのすべてを把握しているのだから、そのゲームをいくらしても、まったく面白くない。そのゲームで楽しめる者は製作者側ではなくプレーヤーなのだ。

そして、このゲーム制作者が創造神と言うことだ。

つまり、この世界(地球)で楽しんだり、学んだりするのは製作者側ではなくお客側(プレーヤー)と言うことである。

だから、この世界の創造神は、この世界に降り立つなんて言うことはない。この世界の調整に来たと言うのなら、そんなレベルの低い創造神はいないだろう。この世界を創った創造神なら、ちょっとプログラムをいじれば、いくらでもこの世界を変えることができる。

しかし、仏教でいう仏の存在は違う。仏は、この世界の絶対者でもないし、この世界の最上位に立つ者でもない。この世界を楽しむために来た存在なのだ。ある意味、旅行者と同じであるしゲームで言うプレーヤーなのだ。

日本人がヨーロッパに旅行に行ったとき、その日本人はヨーロッパ旅行を楽しむために行く、それと同じようなものである。だから仏とはこの世界(地球)に存在する人とは違う存在だが、それは日本人がヨーロッパに旅行に行ったとき、ヨーロッパ人と日本人は違うと言うようなものである。

だから仏は佛(人にあらず)でもあるのだ。

人とは、この世界の住民のことである。

次兄のことを書こうと思ったが少し話がそれてしまった。しかし、次兄の立ち位置を書いておかなければこの後の説明も難しくなってしまう。

次兄は、運動家でもあった。

特に、空き缶運動はある程度有名だ。

私はこの運動に関しては、次兄は天才だと思っている。

今から40年以上も前に空き缶はリサイクルをしなければならないなんて、誰が提唱できるだろうか。そしてその時、次兄は24歳なのである。

リサイクルと言う言葉は色々なところで使われただろうから、リサイクルと言うことを提唱したと言うのは、実はそれほどのことではない。

次兄の天才的なところは、空き缶が捨てられている状況の解決策を示したことである。

空き缶が捨てられているから、みんなに捨てるのはやめましょうと言う運動家はいる。富士山の空き缶拾いをして訴える者は昔からいた。

しかし、そんな運動は本人たちの自己満足が90%以上占めているし、本気で問題解決をしようとは考えていない。

次兄は、解決策として、企業、行政、消費者、三者が協力しなくてはならないと、空き缶に関しては初めて提唱をした。

そのころ、空き缶が捨てられているのは消費者のモラルのせいだと言われていたし、捨ててある空き缶を何とかしないのは行政が悪いと思っていた。誰もが企業責任なんて考えてもいなかった。

企業は売ったら、売りっぱなしで、後のことを考えないでいいのか。

今では、こんな当たり前の理屈が40年以上前では理屈にもならなかったのだ。

また、空き缶を公害だと訴えたのも次兄が初めてであった。

それまでは、水俣病の様な排水汚染、大気汚染が公害だと思われていたのだ。

次兄がマスコミに「空き缶公害と言ったのが通ったよ。さすがに言いすぎだと思ったけど通用した」と言ったのを今でもよく覚えている。

これ以後、何でも公害と言われるようになった。

次兄は、常に本質を見抜こうとしていた。

普通の人は本質より形を重要視するが次兄は違った。

だから、次兄が運動家として一生を送ったら、これは凄い運動家になったはずである。賛同者がほとんどいなくても凄い運動家ではあったはずだ。

実際、本質的な運動には大衆はついてこない、形がしっかりしたものにしかついてこないのだ。その形も本質はどうでもよく、体裁とか力についていく。

実際、次兄の空き缶運動に参加したのは私と弟、吉◯さん、そして宗教がらみで一人、世に名を売りたいからと言う者が一人しかいなかった。後は次兄が本を出し、その本に感銘を受けた読者が後に運動をしただけである。

つまり、本により、次兄もある程度力がついたので、その力によって参加したのであって、運動に賛同して参加したわけではないのである。

だから、ある意味、次兄が運動家だけになったとしたら、賛同者はほとんどいなくて、運動も認めてもらえなかったかもしれない。でも、そんな結果になったとしても、運動家としてはとてもレベルが高くなったはずなのである。

次兄が最近何をしているのかはよく知らない。

私がいた頃に浮世絵、ゴッホなどを研究し、広めようとはしていた。私もその影響をものすごく受け、今でもゴッホと印象派の研究はしている。

そして、今日、偶然に次兄が研究発表した、ゴッホや印象派、浮世絵の論文を読んだ。

もし、次兄が赤の他人だったら、私はこの論文を書いた作者に会いたいと思っただろう。

次兄の論文は明らかに学者の論文とは違うし、一般の研究者とも違う。

どちらかと言うと私の研究論文に似ている。それは、形より、本質を見ようとしているからかもしれない。

次兄の論文は思い込みや決めつけが多い。

だから、そんな書き方を嫌がる人も多いと思う。そして、次兄の信者は書いているのが難しいために理解ができないかもしれない。だから、次兄の信者でない限り誰も読まない類のものでもある。

私が読んだ論文はクレポンのこととゴッホの時代のフランが現代ではどのくらいの価値だったかと言うことと、印象派の名前の語源のことである。

ゴッホの時代のフランの現在価値と言うのは、ゴッホ時代を研究すれば絶対に知りたいことでもある。それなのに、それに触れるゴッホや印象派研究者はいないのである。

ゴッホや印象派のことを勉強したいと考えたらそこは一番重要なことなのに誰もそれに触れない。

私は当然研究した。結論的には次兄と私とでは少し違いが出ていた。

次兄は、いろいろな例を挙げ1フラン500円くらいと結論づけていたが、私はそれよりもう少し高くしている。

この問題は何を基準とするかによって結論は違ってくる。だから正確な答えなんてない。

一般労働者の基準で考えたり、外食で考えたり、宿泊賃金で考えたりで結論は違ってくる。

現在だって円とドルとユーロの適切な価値の違いなんてはっきりしていない。

よく言われるのが、マクドナルドのハンバーグの値段である。それで比べるのが一番わかりやすいと言われるが、それだって絶対ではない。

次兄はいろいろ調べ、対比させて1フラン500円と結論付けた。

ただ、浮世絵を考えたときに500円は安い。

なぜフランの価値が重要であるのか?

それは、ゴッホ、印象派の画家のほとんどが生活に苦しむ中、絵を描いていたからだ。

定説として印象派1880年代には世に認められたことになっていて、多くの研究者がそれに異議を挟まない。

確かに、画商のポール・デュラン=リュエルが印象派に目をつけ、印象派の絵を買いあさっていた時はモネを始め、印象派の画家は多少潤った。

しかし、印象派の絵はまだまだ世間に認められず、ポール・デュラン=リュエルの資金も無くなってきて、何とかしようとアメリカに渡り、そこで成功してから印象派の絵も認められるようになったのである。

だから、印象派の絵が世間に認められ始めたのは1880年代ではなく1890年代なのだ。

次兄も書いているがモネの絵が1880年代いくらだったのか知れば、モネの認知度も分かるのだ。

もしモネの絵が今の価値で言えば数千万円で取引されたのであれば、これは間違いなく認められていたと言える。

しかし、モネの絵は数百たまに数千フランが相場であった。

この数百〜千フランが現在の円でどのくらいだったのかわからなければ、認められていたのかまだだったのか見当もつかないのである。

当時のヨーロッパで、認められる金額は数千万で、悪くても数百万でなければ認められたとは言えない。

数千万円の価値を持つ絵を描ける画家はアカデミーの大家の画家で、数百万円くらいのアカデミー画家はそれなりにいた。

ゴッホの師匠でハーグ派の重鎮モーグは数百万円の絵が描ける画家であったから認められていたと言えるが、今ではゴッホの師匠でなければ誰も知らない画家であるし、それくらいの知名度でも知名度のある絵を描いていたのだ。

印象派ではモネの絵が価格では他の印象派画家のワンランク上であったので他の印象派の画家はどう考えても1880年代は認められていたとは言えないだろう。

しかし、数百〜千フランでも定期的に売れるのであれば認められていると言えるのだが、それが売れないからモネはゴッホの弟テオを頼ったのである。

この辺の事情も、フランの価値が分からなければピンとこない話なのである。だから、印象派やゴッホ研究家は初めにそれを調べるはずなのだが、そういうのを日本の研究書籍では見たことがない。

それにゴッホはテオから支援を受けていたが、それもフランの価値が分からなければおこずかい程度だったのか、暮らせるだけのお金だったのか分からない。

ただ、食事代とか宿泊代でフランの価値を決めるのは難しい。

今でもそうだが、ヨーロッパでは外食はもの凄く高い。だから貧乏人は外食なんてほとんどしない。スーパーで食材を買うと安いから貧乏人は自炊だ。

でもゴッホは自炊なんてしなかった。

売春婦のシーンと暮らした時は、おそらく自炊をしたのだろう。だからテオの仕送りでもシーンの家族を養えたのだと思う。

だから、ゴッホが貧乏人だと言う解釈は少し違う。一般人からすれば貧乏人ではなかったが、自炊で時間を取られるより絵を描きたいために外食をした。でも、アルルでは売春婦も買っていた。

だから、ゴッホは弟のテオにかなり甘えていたことになる。

現在の常識で考えれば、こんな兄を誰が支援できようか。

支援しても、最低限自炊して売春婦は買うなと言いたくなるはずだ。

だから、ゴッホを語る時に弟のテオの偉大さも語らなければ片手落ちになってしまう。しかし、それもフランの価値がはっきりしなければあやふやな問題になってしまうのだ。

クレポンに関しては次兄の論文では決めつけもあったが、これは問題ない。なぜなら独断、決めつけから研究は始まるのだ。

そして研究が進むにつれ、独断や決めつけが間違ったと知ったら、その時、訂正すればいいのである。

これを勘違いしている人が多い。

決めつけや独断は間違っていると。

確かに間違っている場合が多いが、世の中の定説だって正解とは限らないのである。

最近、聖徳太子は存在しなかったなんて言われているが、事実は藪の中で、多くの賛同者が得られると、いつの間にかそれが定説になるだけである。

釈迦にしたって、アソカ王が釈迦と書いてある石碑を見つけたから現実に存在していた人物とされているが、その石碑が間違っていたかもしれないので、実際は存在していたかなんて誰も分からないのである。誰もは語弊があるかもだが大きくは間違っていない。

つまり、正しいなんて言う言葉は、その時の勝利者が言う言葉であって、事実かどうかなんてはっきりしないのである。勝てば官軍はどこでも通用する。

だから、全てを疑ってかかる場合は独断と決めつけは初めの一歩となる。

次兄が研究したクレポンは間違っている可能性が高いのもあるが、価値があるかもしれないのである。

印象派の語源も書いていたが、これは結構参考になった。

モネの印象・日の出は確かに浮世絵ポイからインスプレッションと日の出の前に付けたのかもしれない。ただし、後の名称の印象派展でモネの日の出を見て「確かにこれはインスプレッションだ」と言われたのは、浮世絵的と言うよりラフ画だと言うニュアンスだったと思う。

モネ達ゲルボア派はインスプレッションのことに関してかなり関心を持っていた。

それは、浮世絵と言うのもあるが、ささっと描くスケッチと言う意味もあったのだ。

この時代、戸外で描くと言う画家が現れたが、多くは戸外で簡単なスケッチを描き、そのスケッチをもとに室内で絵を描いたのだ。当然、戸外で描くスケッチは短い時間で印象に残る景色をささっと描いた。

この時代、絵は何か月とか何年もかけて描くものだった。

それがモネの日の出は数時間、下手をすれば1時間以内で描いたように見えたのだから、これはインスプレッションだと言われたのだろう。

アカデミー絵画全盛の時代、そんな絵を見たら、良識のある者は怒るのが当たり前である。絵画を冒とくされたように感じるからだ。

日本の絵は印象派だけではなくアカデミーの画家も認めている者が多かったから、浮世絵的だと言うのは憚れただろうし、だいたい、浮世絵自体が、一般的にはそんなに浸透していなかった。浮世絵も熱狂的な時代に入るのは1890年代からである。

しかし、モネはインスプレッションを浮世絵として題名をつけた可能性が高いので次兄の説は正しい可能性が高い。そして、その方が印象派の説明もしやすくはなる。

印象派と言う名前は、ドガは嫌っていたし、モネもルノワールも、後には自分の絵に印象派と言う名前を付けられるのを嫌がっていた。唯一、ゴッホは自ら印象派を名乗っていたので浮世絵に傾倒していたと言うのが分かる。しかし、モネにしても、自分の絵は浮世絵を乗り越えたと考えたから印象派の名前を嫌がっていただけで、浮世絵を200枚以上収集して、ジヴェルニーの自宅の壁に飾って楽しんでいたのだから、浮世絵自体は否定していなかったし宝物としていた(ただ、ゴッホの収集していたのと違い、モネが収集していた浮世絵は、写楽、歌麿、北斎など現在高額な浮世絵が多かったのだが、壁に飾っていたために色が落ちてしまい価値がかなり下がってしまった)。

モネとゴッホの浮世絵収集の中身が違うのは一つのミステリーなのだが、推理すればある程度は分かる。ヒントは浮世絵が爆発的人気になったのは1890年代からだが、値上がり始めたのはゴッホのアルル時代から始まった。

私が次兄のことを別れてから初めて書くのは、次兄の世界を離れたので、次兄の世界での考え方を私はできないが、それでも、この世界の何かを次兄は知っていると思うからだ。

次兄のところを脱退して次兄を非難するのは簡単である。

また、非難することにより、次兄より自分の方が上だと言いたいのも分かる。

次兄のやることは現代世界の常識からすればおかしなことばかりだから、それを指摘して次兄がおかしいと言うのはあまりにも短絡すぎる。

 

例えば、織田信長を勉強すればいい。

織田信長の時代、その時の時代常識をいくつも信長は破った。しかし、勝って行けば、それが正しいと人は言うのである。勝てば官軍だ。秀吉なんてどれだけ残酷で卑怯なことをしたのか。それでも秀吉の賛同者は多い。政治は勝った方が正義なのである。そして、古代インドの思想では負けた方は修羅にされるのだ。阿修羅王はアーリヤ人が征服した土地の太陽神だったのが負けたために阿修羅にされたのである。

つまり、この世界は良い人間は政治の世界では敗者になる可能性が高く、ずるい人間ほど勝者になる可能性が高いのである。そして勝った方が正義なのだ。

この世界で創られた政治の天の世界は本当の事実なんてどうでもいいのである。

勝って、自分の都合のいい話を事実とし、正義とするのである。

だから、正しいとか間違っているなんて言う論理は政治の世界では無意味でもあるのだ。

次兄は、宗教の世界の形を取っているが政治の世界だ。ある意味、創価学会や、幸福の科学と同じである。と言うより、世界の宗教のほとんどが政治の世界なのだ。

政治の世界は敵を作り、それを悪と言う、そして、自らを正義と言い、戦いを奨励する。

それがどの世界でも同じであったが、不思議と古代インド思想と仏教の始まりは哲学なのである。ただし、時代とともに哲学から政治に代わってしまったが。一応、妙法蓮華経も仏教では珍しい政治宗教である。日蓮は100%政治宗教だ。

だから、その流れをくむ宗教は必然的に政治宗教となってしまうし、その宗教に反対する勢力も政治宗教となる。

最後に洗脳されていると言うのがある。次兄に対して洗脳されたと非難する者も多いだろう。しかし、この世界のほとんどが洗脳の世界なのだ。また、洗脳されているから、自らが安定しているともいえる。もし、洗脳がすべて解けたら自分がふわふわした状態になり、とても不安定さを感じもやもやした気分になるはずである。

だから、ほとんどの人が洗脳されたがっている。ただ、その洗脳された世界が、レベルが高ければ、割かし幸福になれる。レベルが低いと不幸になるのだ。だから洗脳されるのならなるべくレベルが高い方が幸せだ。日本と北朝鮮を比べればよくわかると思う。

そのすべての洗脳が外れた者たちを佛と言い、佛がそれぞれの世界を楽しむ行動が菩薩道で、この世界を相手にしないのが縁覚、佛に付いていき佛と一緒に世界を楽しむのが声聞である。

この辺はかなり説明しないと分からないところだがとりあえず簡単に。

結論的には、この世界は天が最高峰で、佛と言えども、天の境地(世界とは違う)は望んでいる。なぜなら、この世界を楽しむために来たのだから、当然、その最高峰の天の境地は味わいたいのだ。ただ、創造神、いわゆるこの世界の制作者が、そんな単純に佛(プレーヤー)に天の境地を味合わせない。やはり人生を面白くしてやろうと言う製作者の意図があるのだ。

それでも、あまりにも製作者(創造神)の求めているゲームの面白さが大変だと、佛も、もう縁覚でいいやなんて言うことも思ってしまう。その辺の駆け引きがこの世界の面白さでもあるのだ。ただ、これも唯物与仏でなければ分からないことなである。

次兄はかなりこの辺のことも、この世界の仕組みも分かっている感じだ。次兄は創造神ではないが、その近くにいたと言う可能性はある。誰も言わないこの世界の秘密をかなり知っているから(それは、一般受けするカルト的な話ではない。次兄の信者には話さないようなことを私にはいろいろ話したことがある)。

だから、次兄の世界に入ることはもうないが、次兄が最後、何を目指すのかは関心がある。

私は天の境地には関心があるが、天の世界を創るのは関心がない。だから、集団とかは作らないし、そんな元気もない。一人もしくは数人くらいなら一緒に何かをしてもいいが、大人数はエネルギーが持たない。天を創る神に比べれば、力は比べ物にならないほどないのだから。


天の世界

2017.02.23 Thursday | by kawa-su

天とはこの世界に生まれてきたすべての人が憧れ求めている境地である。

幸せの境地は天である。

宝くじが当たる、良い学校、又は良い会社に入ることができた、給料が上がる、旅行に行く、恋人ができる、結婚ができるなど、幸せだと思われる境地はすべて天の境地なのである。

そして、その天の境地をなるべく維持するために天界を創るものが出てくる。

天界とは一つあるだけではなく無数にあるもので、ただ、大きさが違うだけである。

例えば地球と言う大きな天界の世界があり、その中に日本とかアメリカと言う世界が入っている。又は、トヨタとかソフトバンクの様な会社の天界もあるし、芸能界の様な天界もある。数人しかいない会社でも小さな天界と言える。

つまり、トップが存在する世界は天界だと言えるのだ。

そして、その天界に敵対する存在を修羅と呼ぶ。

修羅とは天に負けた存在なのだが、負けていなくても天界からすると敵対する存在は修羅なのだ。

例えば日本最大の宗教団体、創価学会は天界であるが、創価学会に敵対する宗教団体からすれば創価学会は修羅となるのである。

だから、創価学会に敵対する団体は創価学会を悪魔の様な呼称をつけるのである。

しかし、それは、その敵対団体の中で修羅になっているだけで、それ以外の世界では圧倒的な力を持つ天と言う存在になっている。

時が過ぎ、創価学会が衰退し、他の宗教がこの日本を牛耳ったら日本と言う世界でも創価学会は魔とか修羅の存在になる。

これは、同じ仏教教団の釈迦教団と提婆達多教団の関係でも言える。

釈迦や提婆達多が生きている時代では、両者は同じ仏教教団のライバルであったが、その後、釈迦教団が信者数を増やし今の時代までその勢力が残り、提婆達多教団は消滅すると完全に提婆達多は悪人(魔とか修羅)にされてしまうのだ。

日蓮教団でも同じことが言えて、現代では日蓮関係の教団では禅宗や浄土真宗などは魔とか地獄に落ちる宗教にされている。

つまり、天の世界では天の教義が正義であり、敵対する者は悪なのである。

だから、正しいと自らの宗教をほめたたえる教団はすべて天の世界なのだ。

法華経は正しい教えの白蓮と翻訳されていて、初めは正法華経と題名を訳されていたのだが、鳩摩羅什が妙法蓮華経と正の字を妙に変えた。

何しろ、法華経は正しい宗教、唯一の宗教と広める者は言っているので、完全に仏教ではなく神教(天の教)だと言える。

だいたい、南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経と、唱える行為に何の違いがあるのだろうか?

論理的には、行為は同じである。どちらも唱えれば幸せになれると言っているのだからレベル的にも同じである。

親鸞の教えは哲学的ものであったが、それを蓮如が神教としたために念仏も完全に神教になってしまった。ただ、神教にならなければ多数の信者を獲得するのは難しいので、教団宗教を目指すのなら仕方がない行為でもある。


佛は天に菩薩は神になってしまった

2017.02.16 Thursday | by kawa-su

この世界のすべてと言っていいほど宗教(経済や政治も同じ)は天をトップとしている。

ただ、仏教だけが天とは別の存在、四聖を創った。

四聖の一つ、声聞は真理を追究する者、佛の下で修行するものとされている。

釈迦の時代では釈迦に付いて、諸国を、乞食業をしていたものを言う。

そして、釈迦に随行する弟子は数人であるから真の声聞の存在は数人であっただろう。後の十大弟子と言う存在は後に創られた存在だ。

つまり、声聞と言う地位に就ける者はほんのわずかしかいないのである。

四聖のもう一つ、縁覚は独覚、もしくは辟支仏とも呼ばれ、仙人のような存在であった。ただ、釈迦の時代には釈迦以外にも悟りを開いた者はそれなりにいて、釈迦教団では釈迦と区別するために縁覚と言う存在を創ったのである。

声聞、縁覚は、大乗仏教では小乗二乗と呼ばれ一乗の菩薩とは同じ四聖でも区別されている。

そしてその大乗仏教の菩薩だが、ほとんどの菩薩の存在は神となっている。

仏教を広めるものを助ける存在なぞはまさしく神の存在ともいえる。

つまり、佛が天となり菩薩が神となってしまっているのだ。

そうなると、大乗仏教では、仏教だけが独自に創った四聖と言う存在は全く意味がなくなってしまっている。

そして、佛が天に変化してしまった時代は大乗仏教が盛んになってからで、法華経はまさしく仏教と言うより、他の世界中の宗教と同じく天と神様をトップとする宗教となっているのだ。

これは、大乗仏教が盛んになった時代は西洋の文化、宗教も流れてきて融合された結果だと言えるし、その時代には、釈迦の時代の哲学的な仏教はすたれてしまったからと言える。

天台大師や日蓮は十界を重要視しているが、実は四聖の意味まで理解していなかった。ただ、天台大師は理解していなかっただけだが、日蓮に至っては、完全に別物としてしまっている。

もともと、日蓮は声聞や縁覚は重要視してはいなくて、菩薩と仏を重要視していたのだが、その菩薩と佛を理解できず、菩薩を神とし、佛を天としまった。そしてその結果が、日蓮が現した曼荼羅(本尊)であるのだ。

現代でもこの四聖を理解する者はいず、特に菩薩と佛を理解する者は皆無なのだ。

現代で佛を自認する者のほとんどは、天の存在であり、その天も古代インドで言う梵天と言う真理の存在ではなく神なのに天と称しているだけなのである。

そうなると佛に付く声聞は神に付く畜生と言う存在になっている。

つまり、自らが声聞だと思っている者のほとんどは、実は畜生と言う存在になっていると言うことである。

これは仏教教団、仏教集団の信者はすべて神に付く畜生だと言えると言うことだ。

本当の菩薩や仏と言う存在は、自由を選ぶために集団や教団をつくることはなく、付いてくるものがいたとしても数人が限度なのである。

だから、集団や教団をつくること自体が天を目指している存在だと言えるのだ。

ただ、この世界は天が創っているものだから、天を目指すことは悪いことではないし、この世界に生まれてきた以上天を目指すのは必然ともいえる。

ただ、どのような天を創るかでその天の価値は大いに違うし、レベルの高い天に付くことができたならば畜生でも割かし楽しい人生を送れるのだ。


天とは

2017.02.04 Saturday | by kawa-su

十界は鳩摩羅什の法華経には入っていないが、天台大師の一念三千論では重要である。

十界は声聞、縁覚、菩薩、佛の四聖と地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天の六道に分かれている。

世界の宗教は天を最上位としている。仏教はその天とは別に四聖と言う世界を創った。しかし、今の仏教はそのほとんどが団体宗教なので天を佛として、天を目指す宗教となっている。

この世界は欲でできている。

欲を否定するとこの世界では生存できない。

生きた物を食べると言う行為無くしてこの世界では生きていけないし、食べたいと言う欲求自体が欲そのものである。

この世界には三大欲があり、その三大欲を満たさなければ生きていけないようになっている。その三大欲とは食欲、性欲、睡眠欲である。それ故、この三大欲を断つことが四聖の道だとし、古代インドではこの三大欲を断つ苦行が修行者には課せられていた。

釈迦もこの苦行をしたが、その苦行では悟れないとし、菩提樹の下で大悟を得たとされている。

しかし、そうはいってもこの三大欲を断てば神秘的体験ができることは確かで、仏教修行者はこぞってこの三大欲を断つ修行をしていた。

それが、教団宗教になるとこの苦行は意味をなさなくなり、布施と信心が重要になった。布施と信心が崇める存在は天であるため、教団宗教の信者も教祖も目指すところは天となる。

この世界の最上位は天であるため、その天を否定することはこの世界の否定にもなるために、この世界を肯定するのなら天は否定できないし、天がこの世界で生きる人の目指す存在でもあるのは仕方がないことである。


創価学会の利善美

2017.01.16 Monday | by kawa-su

天台大師の教義は一念三千、日蓮は三大秘法、では、創価学会はと言うと、これは利善美である。

創価学会の初代会長牧口恒常三郎(この時の名称は創価教育学会)は現世の価値を、従来のプラトンやドイツ哲学カントの真善美から利善美と唱え、それが創価教育学会創設の教義となった。

創価とは利善美のことであり、従来の真善美の真を利に置き換えた理論である。つまり、真ではなく利が重要だと言うことでもある。

これが分かれば創価学会の行動がよくわかるともいえる。

牧口は小学校の校長で右翼思想の持主であった。

右翼の信奉する宗教者と言えば日蓮があげられる。

日蓮は外敵(蒙古)から日本を守ったと日蓮信者には思われていて、その外敵から守ると言うことが右翼から指示されているようだ。

それ故、牧口が日蓮に注目したのは必然でもある。

牧口は書籍の中で「科学と反する宗教、対立する宗教は真実の宗教ではない」
「処女が子供を生んだり 死んでからうろうろ歩いているキリスト教のごときは 根本が誤りである。さればその宗教を正しいとするためには 科学と対立することとなる」
「死んでから十万億土の西方浄土へ生まれるという事は釈迦の一時的仮説であっても 証明も 説明もなし得ない事であるから 科学とは妥協できないのは云うまでもない」
「真実の宗教は 科学的な実験証明がなされねばならぬ」
「日本で役立っているが印度では駄目だとか 百年前にはよかったが 百年後には役に立たなくなると云うものではならない」
「釈尊の研究の最高峰は法華経である」
「法華経に説かれた教えをごく簡単に云うなら、仏の境涯をさとり得たる人格の出現は一切を仏にせしめんとするにある」
「日蓮大聖人は一切衆生を幸福に導いて行く本尊を出現せしめた」
「この御本尊を信じて 南無妙法蓮華経と唱えるにあって、この実践行動によって 人類は幸福になりうる」

と書いている。

科学と宗教……まるで幸福の科学のようでもある。

しかし、科学とは論理的なものである。処女懐胎や復活が科学的でないと主張するのは、確かにその通りだが、宗教とはそういうものだろう。科学的な宗教なんて見たことがない。

だいたい、牧口が言う釈尊の研究の最高峰は法華経であると言う主張もどこが科学的なのだろう。独善的な決めつけ論理に過ぎない。小学生には通用するかもしれないが中学生には無理だろう。

だいたい、釈迦が生きていた時代に法華経は生まれていなかったから、完全に科学的ではない。

日蓮大聖人が本尊を出現させ南無妙法蓮華経と唱える実践行動が人類の幸福につながるなんて宗教で通用しても科学で通用するわけがない。どこにも論理がないのだから。

牧口は、百年前は良かったが百年後には役に立たなくなるものではないと断言するのは、宗教では確かにそうだろう。

しかし、科学は発展するものだから百年前のものが駄目になるのは当たり前である。

それでも、宗教の教えは年数によって駄目になるものではないと言うのは分かる。しかし、日蓮の教えは末法と言う釈迦の教えが通用しなくなったから新しい教えが必要になったと言うところから出発している。

つまり、牧口の言うことは宗教としてはもっともなのだが日蓮の教えとは反対の立場になると言うことでもある。

これだけおかしな論理でも、ついてくる人がいると言うことは、科学的でもなく、単について来る者たちのレベルが低かったと言える。

しかし、宗教とはそういうもので、レベルが低ければ低いほど、多くの信者を集めるのである。

それに、牧口の言う利とは、確かに庶民には魅力だ。

ご本尊に向かい南無妙法蓮華校と唱えれば幸せになれるのならこれほどの利はないだろう。

牧口は何が利するかを考え、日蓮正宗を利用することを考えたのだと思う。

日蓮正宗を利用して組織を作り、その組織で何かをしようと考えたのだろう。

その何かは右翼だから右翼団体を作ろうとしていたのかもしれない。

しかし、それは獄死と言う結末で終わったため、弟子の戸田が引き継いだ。

戸田は経済人だから利と言うものを一番理解していた。

組織を大きくして会員を増やせば、会員で商売ができる。

そして実際、会員を増やしていった。

これは日蓮正宗でもなく日蓮の教えでもなく法華経でもないし、仏教でもなくなった。

仏教は古代インド思想の延長にあり、どちらも真を目指していたのだがから。

それ故、創価学会は新しい宗教と言えるだろう。利善美教と言ってもいいかもしれない。

2代会長の戸田は、創価学会は日蓮正宗の外護団体にすぎないから、日蓮正宗を守るためなら創価学会がつぶれても構わないと言った。

それでいくと、池田がひきいる創価学会が日蓮正宗と喧嘩するなんて考えられないのである。

しかし、利で考えてみてはどうだろう。もう日蓮正宗を利用する必要がなくなり、日蓮正宗の外護団体では利がなくなったなら、一緒になる必要はないのである。

野党として政治をするより、与党にすり寄った方が、利があるのなら、当然そのようにする。

東京都が小池旋風により東京都の自民党に与するより小池新党にすり寄ったほうが、利があると思えば当然、すり寄るのである。

このように、利善美が根本にあるのだなと考えれば創価学会の動きは理解ができる。そして当然その信者も利が重要なのである。

ある意味、こういう団体は強いが、利がなくなれば団体は崩れても行くだろう。

こういう利で動くのは戦国時代の武士の政治のようでもある。

だから創価学会も宗教団体と言うより政治団体だともいえる。


正義とは勝者

2017.01.08 Sunday | by kawa-su

天台大師が説いた一念三千とは論である。

日蓮はこれを信じて自分の論を展開した。

日蓮の論は三大秘法である。

日蓮の信者はこの三大秘法を信じたのだが、現在の日蓮系ではこの三大秘法の実践をしようと言う信者は少なくなった。

天台大師の説いた一念三千とはおかしな説明もあるが、力はある。だから、おかしなところがあっても、力がそれを上回り、この世界に影響を与えている。

日蓮の三大秘法は全くおかしな論なのだが一念三千よりも力がある。日蓮の念の力が天台より大きいのだ。

正しいから力が強いわけではない。

政治とか経済を考えれば、正しいから力が強いわけではないと言うのはレベルが少しでも高ければわかることである。

政治でも経済でも力が強くて勝つから正しいとされるのだ。

そして、宗教もそのようになってしまっている。勝つから正しいと。

本来の宗教は力ではないのだが、勝たなければ後世に信仰が残らないし教団も大きくならない。教団が大きくなるから信じる者も多くなる。

仏教も勝ち残っていたから大きな教団になったし現代にも引き継がれている。だからと言って、その教えが正しいかどうかは別である。

例えば釈迦教団と提婆達多教団の教えは提婆達多教団の方が、レベルが高かった。しかし、レベルが高いと言うことは、レベルの高い人しかその教えが分からない。だから、当然、信者数を多くは持てない。それに比べ釈迦教団は教えを社会に合わせどんどんレベルを下げたから信者は増える。その結果、釈迦教団が勝ち、提婆達多はこの世の中で一番の悪人にされてしまう。

もちろん、釈迦も提婆達多も亡くなった後のことだが。

これは、戦国時代も明治維新も同じである。勝者が歴史を作るのであって、敗者は悪人にされる。

戦国時代は分かりづらいが、明治維新なら理解できるだろう。

明治維新の立役者と言われる坂本龍馬、高杉晋作、伊藤博文、西郷隆盛等、みんな偉人とされている。なぜなら勝者側だからだ。

敗者の徳川関係者は、ほとんどが時代を理解しない、日本を滅亡に向かわせている者と教えられ、それは今でも続いている。

それは勝者の歴史を現代でも教え込まれているからだ。これも洗脳である。

そして仏教の十界では勝者を天と言い敗者を修羅と言う。

阿修羅王とは、もともと、古代インドの先住民が信仰していた慈悲深い太陽神のことである。