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2018.05.15 Tuesday | by スポンサードリンク

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エネルギーと通貨

2018.05.15 Tuesday | by kawa-su

世界の文化的な暮らし、つまり、人の暮らしで大事なのはエネルギーと通貨です。

エネルギーを使うことによって人は動物世界と別れました。

通貨を発明することにより、人の世界がつながるようになりました。

エネルギーは人にとって必需品。

通貨は武器になります。

これは一応認識しておいてください。

今、日本のエネルギーは家庭で使っている量は全体の30%です。

後は企業です。

特に、これから世界のエネルギーを使っていくのはIT、携帯会社の情報通信分野です。

日本のIT電力使用量は2015年時で1000億kwでしたが、これが、2025年には⒌2倍となり,日本の国内発電量の20%使うと予測されています。

これが世界になると2015年時で1兆6000億kwくらいで,2025年には⒐4倍 に膨れ上がり全世界の発電量の15%を使うと予想されます。

そして、クラウドサービス(データーをネット上に保存する)の電気量は2007年の時点で世界5位、日本の次の電気量になっています。

今は完全に日本は超えアメリカも超えているかもしれません。

つまりエネルギー問題は企業の問題もあるがIT、携帯会社らの情報通信が、これから1番問題になるし、これを解決せず脱原発は ありえません。

この問題を解決するには国,国民,企業が真剣に考えなければ解決しません。

まるで,次兄と私と弟の3人で44年前、ウイッピー運動をした時と状況がそっくりです。

空き缶運動は、空き缶はゴミではなく資源としてリサイクルすべきで、その解決策として企業、行政、消費者が三位一体で協力し合い、消費者はゴミを分別し、資源になるものは再利用する。

この頃は夢の島にゴミを持って行き埋立てていました。

今では再利用でないゴミはないはずなのです。

行政は分別したゴミを資源としてリサイクルする。

企業は自動販売機のそばにゴミ箱を設置し、リサイクルのための支援をする。

これが私たちの運動の要求でした。

当時、理解できる者はいませんでした。

そこで、私たちはリヤカーに空き缶を積んで企業を攻めました。

標的はコカコーラ、そして、新日鉄。

当時、コカコーラは爽やかイメージを展開し、広告をバンバン打ってたので広告代理店はコカコーラの言うことを聞くしかありませんでした。

広告代理店を抑えるということは日本のマスコミを抑えるということでもありました。

又、アメリカの戦略はまずコカコーラを未開地に持っていき、その後アメリカ本体がその未開地を支配していくという構図を作っていました。

まるでカトリックの宣教師がまず未開の地に布教に行き、その後、本体がその未開地を征服していくという構図に似ています。

ある意味、コカコーラが世界を支配してたのです。

そのコカコーラ、日本コカコーラでしたが、それでもコカコーラを攻めたということは世界中に知れ渡りました。

その代償として、マスコミは私たちの応援はできなくなりました。

それでも私たちは懲りずに新日鉄を攻めました。

いくら鉄で空き缶と関わりがあるとは言え、強引な感じがしましたが、次兄は怯みません。

鉄の大本の新日鉄がリサイクルを考えなくてはいけないんだと言ってました。

当時、日本は、鉄は国家なりと言っていた時代です。

つまり、今度は日本に喧嘩を売ったようなものです。

それでも私たちの考え方を理解する人はいませんでした。

マスコミも私たちを危険集団と思っていたかもしれません。

この頃と現在とよく似ているという事は、昔はゴミで現在はエネルギー問題が世界共通の問題なのです。

これを解決せず脱原発はあり得ません。

では、どうすればいいのか?

これも44年前と同じです。

企業、行政、消費者が三位一体となり解決するしかないのです。

私たち消費者は太陽光発電で家庭の電気量を賄う。

売電で利益を求めるのではなく、あくまで自分の家のエネルギーくらい自分でなんとかしよう、でなければなりません。

もちろん、現状の家では太陽光パネルを乗せられない場合もあるでしょう。

それは新築の時に太陽光パネルを乗せられる設計にすれば良いのです。

時間がかかる事なので20年30年単位で考えていかなくてはいけないでしょう。

それでは、アパートやマンションはと言うと、これも同じです。

太陽光パネルを設置し全室太陽光発電にするのです。

大きなオフイスビルは壁、屋根全て使い、それでも足りなければ地熱とか風力とか知恵を絞って全て自然エネルギーで賄うようにし、借家人達も、まず、そう言うアパートやマンションを借りようとすべきなのです。

国が規制、補助金を上手く使えば早く進みます。

又、企業も自分のところで使うエネルギーは自分のところで自然エネルギーを作るようにする。

このようにしていけば原発なんて必要なくなり、脱原発なんて言う必要ありません。

家庭の太陽光も今では年間10kwで初期費用は430万円、この売電収入は年間37万円です。

家庭の場合はこの規模ができれば充分でしょう。

因みに電力会社が買い取る買電、流す売電は、やはり買電が売電より少し安くならなければビジネスとはならないので、逆転した状況は一時的には良いが長続きはしないだろう。

日本は原発事故があったので、太陽光には莫大な補助金がで、その結果、メガソーラーがあちこちに出現した。

これは政府がよくやったと褒めなくてはならないが、だんだん太陽光パネルも安くなったので、安くしていっても構わないでしょう。

何しろkw43円なんて言う値段を初めはつけていたのだから。

これはドイツと日本だけである。

日本の電力会社はkw20〜30円くらいで電力を売っている。

だから、初期の太陽光はかなり損をしているのだ。

今は、10kw未満なら25〜28円くらいの売電になるが、10kw以上だと18円なのだ。

私たちが44年前攻めたコカコーラはエネルギーで言うとグーグルとかアマゾン、フェイスブックになるでしょう。

これらの企業が自然エネルギーを使っていこうとしないなら、私たち消費者はこれらの企業を攻めなくてはいけません。

え、なんか嫌だと思う人が多いでしょう。

それらの企業は便利だしイメージが良いから。

44年前のコカコーラと同じです。

私たちは、そこを攻めました。

でも、現在、グーグルは風力発電などを取り入れ36%自然エネルギーにしているし、フェイスブックもデーター建設にエコエネルギーがつかえるか検討しているしアップルもエコエネルギーに切り替えようとしている。

一応本気に見えるし、100%自然エネルギーも目指してくれるかもしれません。

場所が分かれば確かめに行きたいところですが、場所は秘密のはずで公開情報を信じるしかありません。

だからITの代表企業は自分たちの使うエネルギーはエコエネルギーにしようと努力しているので、他のIT企業もそれに習えになっていくと思います。

まあ、これは信じるしかないでしょう。

だから私たち兄弟が44年前に攻めたコカコーラの代わりはなく、あるのは新日鉄の代わりのドコモ、AU、ソフトバンクなのだが、一応、地球温暖化対策意識は、ホームページ上あるようには書いてある。

ただ、どうしても役所対策のような感じは受ける。

文句が出たら、ちゃんと説明できることはしています、みたいな感じだ。

ただ、ソフトバンクは違う。

ソフトバンクは孫正義が各地にメガソーラーを作り、サウジとも組んで世界最大の太陽光発電もしようとしている。

孫正義はソフトバンクの責任というより、真剣に脱原発を考えている人だろう。

太陽光発電も金儲けの手段にしている、なんてレベルの低い非難もあるが、ビジネスにするからこそ、どんどん広げることができるのです。

ドコモは自分たちが通信情報のトップを行く会社だと自覚しているのに、ただエリート意識があるだけで、トップから末端まで通信情報関係のエネルギーを自分たちの責任だとは感じていないようだ。

それでも、今の時点ではやることはやっているという答弁で終わるだろう。

ドコモのエコ対策のウェブサイトを見るとよくわかる。

社員が木を植えました、なんて言う小さな世界を微笑ましく載せているだけなのだ。

全く、情報通信産業全体のエネルギーに対しては責任を感じていないだろうし、社員も自分たちが地球温暖化阻止を妨げている中心にいるなんて考えているものはいないだろう。

仮想通貨はブロックチェーンのマイニングという作業に莫大な電力は使う。

これもクラウドに匹敵するくらい電力を使うのです。

何しろビットコインは電気代でできていると言われるほどなのだから。

ビットコインのマイニングは日本の電力代では赤字になるから、ほとんどが中国がやっている。

これは中国が、マイニングの電力は自然エネルギーにしなくてはならないと規制をかけなければダメだろう。

ただ、このマイニングは太陽光発電で採算が取れるのだ。だから売電以外にマイニングで太陽光発電ができるようになるのだから、これからマイニング目的の太陽光発電システムがたくさん作られるようになるかもしれないし、これなら、人のいないところでやるのなら文句はないだろう。

何しろ脱原発運動は思わぬところを攻めなくてはならないかもしれない。

私たちがすべてのものはリサイクルができるし、リサイクルしなければ地球はゴミに埋まってしまうと、コカコーラや新日鉄を攻めたように。

人の暮らしからエネルギーと通貨を取り除いたら文化的暮らしは無理になる。

だから、今更、自動車もネットも辞める生活はできない。

それゆえ、自然エネルギーの開発に努力を個人でもし、企業がやるなら応援すべきで、自覚のない企業、行政だったら攻めてでもただしていかなくてはならないだろう。


小説家になろうで「天人と地人」連載しています

2018.02.01 Thursday | by kawa-su

天人と地人

小説家になろうで『天人と地人』を連載しているのはここに記しましたが、名前も五井野宏に戻しました。

これで、削除される可能性も高まりましたが、まあそうなったら、そうなったらでいいでしょう。

一応アドレスを入れときます。題名検索でも出てきます。

 

https://ncode.syosetu.com/n4821en/

 

創価学会には大変な内容となっているので、本当に圧力が来て削除されるか、ある意味実験ですね。

人気のない作品を削除するなんてことが起こったら、やはり創価学会が監視しているというのも間違ってはいないかもしれません。

 


小説家になろう『天人と地人』

2018.01.30 Tuesday | by kawa-su

化城の人と言うノンフィクションをご存じだろうか?
これはノンフィクション作家として有名(大御所)な佐野眞一氏が週刊ポストで連載したノンフィクションである。
題名で分かる人も多いと思いますが、これは創価学会創成期の頃から第二代会長が亡くなるまでの話である。
亡くなるまでと書いたのは、途中で連載が止まり、その後、書籍にもなっていないので、尻切れトンボ状態になっているのだ。
あれ、創価学会から圧力がかかり連載中止になったかと思ったが、創価学会が圧力をかけ中止に追い込んだら、それこそ、言論問題でものすごく叩かれるだろう。
実は、私もこのノンフィクションを毎週読んで、ここに載せた7~8年くらい前の小説を書きました。
正式名称は『天人と地人』です。
天人と地人を書いているときにこのノンフィクションを読んで、ここに載せた7~8年くらい前の小説を付け足したと言っても過言ではありません。
もちろん、化城の人だけを参考にしたわけではありませんが、この本がきっかけにはなりました。
当初、読んでいた時は、ノンフィクションで凄いところまで書くなあと思ったものでした。
それがいきなり連載中止。それも週刊ポストだ。
確かに、週刊ポスト、週刊現代は文春や新潮とは違う、圧力に弱いかもしれない。
そんな風に思っていたのだが、この小説の一部を載せたことにより、改めて調べると、盗作疑惑で降ろされたようなのだ。何しろネットを調べただけだから確信はないが、この盗作野郎みたいなのがたくさん出ていたから。
果たして、佐野氏は本当に盗作をしたのだろうか?
これも調べると、盗作と言うより、参照にした本や論文などを表に出していなかっただけのようなのです。
週刊誌に連載しているのだから、いちいち、何々を参照にしましたとは普通書かないだろう。書籍にしたとき、最終ページあたりに参照一覧として載せるのが普通である。
だから、ある意味、不合理な盗作騒ぎでもあるのです。
佐野氏は徹底的なインタビューを使い文章を作っている。ただ、この化城の人は段ボール一杯の資料を参考にして書いた場所も多数あったようで、そこを盗作と言われたのだ。
そして、佐野氏を恨んでいる人も多いので、この盗作騒ぎが起きたら、途端にバッシングが起きたらしいのだ。
確かに、佐野氏のインタビューを受けたら、何から何まで書かれてしまうので、慎重に答えなければ、後で泣きを見る。その辺は容赦なく書いている。
そして、佐野氏の感想も書かれるので、これは腹がたつ人も多数出てくると思われるから、恨む人も出てくるだろう。
佐野氏の書いた『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』の中で友人のアクターズスクール校長マキノ正幸にもインタビューをし、最後に、『あれこれ余計な口をはさんだのだろう。そこが、やはりウチナーンチュにはなり切れなかったマキノの限界だったといえる。マキノの地は、芸能一家に育ったぼんぼん気質である』と結論付けたのだ。
これは、マキノは無念だったと思う。
私はマキノから真相を聞いているし、アクターズスクール創成期からも付き合っているからどれだけ苦労したかも知っている。確かに沖縄に来た当初はぼんぼん気質はあったかもしれないが、その後、かなりしたたかに振舞っていた。
敗因の原因の一つは、スタッフに恵まれていなかったから、全部自分でやってしまったことだ。
全部自分でやると、当然、表に出て行くことになる。
芸能プロダクションだって、社長が現場に行けば衝突はしょっちゅうあって、現場と喧嘩してしまい、その現場とは付き合いが無くなってしまう。これが、マネージャーが喧嘩したのなら、マネージャーを変えて社長が謝れば済むのだ。
マネージャーはタレントを守るために現場で喧嘩をするのは当たり前で、喧嘩をしなければ逆にタレントから愛想をつかされる。
マキノには優秀な秘書もマネージャーもいなかった。全部自分がやっていた。すると、当然ライジングの社長、平氏の方針に気にくわないことも出てくる。
それでも、よく我慢できるなあと言うほど、平氏をたててはいた。
しかし、船頭多くして船山に登る、の通り、トップは一人でないと駄目なのだ。二人いたら、いずれ衝突するのは目に見えている。二人とも個性がものすごく強かったし。
喧嘩すればマキノが負けるに決まっている。負けてもいいから喧嘩をしたのか、ライジングに逆らっても、他にもプロダクションはたくさんあるからと計算したかは分からないが、結果として芸能界から干され、いつの間にかアクターズスクールは表から消えた。
もちろん、その後の経過も私は知っているが、ここでは記さない。
また、この本の中で平氏の親分、芸能界のドンと言われているバーニングの代表、周防氏がインタビューに答えないので『たいへん小心な人物のように思えた』と書いたのだ。
これは、芸能界を知っているものならとても恐ろしいことを書いた、怖いもの知らずと映っただろう。だから、佐野氏が恨まれているのは間違いないと思う。それでも、こんな盗作疑惑は不当だし、それをネットで騒ぐのは明らかに意図があると思われる。
それはもちろん創価学会の意図だと考える。
まさか創価学会本部が中心になって圧力はかけられない。だから、せいぜい県の責任者あたりが、秘密を洩らしそうにもない会員を使って盗作騒ぎを起こしたとも考えられる。それほど理不尽な盗作騒ぎだが、完全に白ですとは言えないので週刊ポストも影は感じたが化城の人は終わりにしたのではないだろうか?
つまり、創価学会も大組織なのでよほどのことがない限り相手をつぶそうなんて考えない。
法律的に勝てるなら、法律で叩くだろうし、このように隙があるのなら隙をつくかもしれない。
ところが次兄が、創価学会が圧力をかけているというのは、何の根拠もないのだ。だから、普通なら、訴えられてもおかしくないのだが、こんな案件で訴えたら創価学会の方が損をするのは承知のはずだから、それはしない。もし訴えたら、次兄はそれを自分の宣伝に使うから。
それに、次兄は一念三千論を盗まれたと言うが、いったいどこで創価学会がそれを自分の論として言っているのだろう。具体的な指摘がないまま、ただ、盗まれたと言っているだけなのだ。
だから、創価学会がやるとしたら、せいぜい、末端の会員にネットで次兄の悪口を言うくらいだと思う。
ネットで粘っこい非難をするのは普通の人ではありえない。よほどの目的がない限り長続きしないはず。
いつかは冷静になって馬鹿なことをしているなと普通の人は思うから。
だから、確信はないが、次兄の悪口をネットで言っている人は、その可能性もあると言うことである。もちろん、化城の人、盗作騒ぎも同じである。
これならばれても、熱狂的な信者がやったで済むし、完全に白ではないのだから、言い訳もたつ。
つまり次兄の言っているような創価学会の圧力はあり得ないし、化城の人のように。明らかに知られたくない創価学会の歴史なら、創価学会も抹殺したいと思うはず。次兄の一念三千論なんて創価学会にしてみればどうでもいい論のはず。だいたい理解できる人がいないのだから、表に出ても何にも困らないのだ。
だから、ここに載せた私の小説の方が抹殺されてもおかしくないのだ。
週刊ポストと違い、個人ブログだから見つけてもいないだろうが。
ただ、この小説を埋もれさせるのももったいないと考え『小説家になろう』に載せていくことにしました。
『天人と地人』で検索すれば出てきます。名前は変えてあります。
https://syosetu.com/usernoveldatamanage/top/ncode/1174704/noveldataid/9597111/
アドレスは貼りましたが、検索すれば出ます。
私も創価学会に、これで目を付けられるかもしれない。
私は小説を書く能力は普通なので、人気は出ません。だから、普通なら問題はないのですが、万が一、私を創価学会が見張っているとしたら、この小説は削除されるでしょう。
削除させる方法はいろいろありますからね。だから開いたら無くなっていたなんて言うことはあるかもしれません。
この小説の中では、次兄の一念三千論は無視されないで脅威となるように書いています。
小説ですから、次兄側に立って書いていると取られるかもしれません。まあ、読み手が判断してください。

 


フェイスブックのこと

2017.12.25 Monday | by kawa-su

前回フェイスブックを五井野宏で始めたことを書きました。

 

そして、ただ、友達申請が来ても受け付けませんとも書きました。

 

ただ、書き方が、わかりずらかったかもしれません。

 

フェイスブックを始めたこともない人もいると思います。

 

そのような人はスマホのショップでフェイスブックを検索するか、または、普通の検索でフェイスブックアプリと検索して、フェイスブックをインストールしてください。

 

メールアドレスがあれば、後はパスワードを設定するだけでできます。

 

フェイスブックに入りましたら、五井野宏と検索すれば出てきますから、まず、メッセージで自己紹介を書いてください。

 

またなぜ友達申請をするのまで書いてもらえると助かります。

 

フェイスブックではこのブログより突っ込んだことも書いていますので、私や次兄のあら捜しのために入ってこられても迷惑なだけなのです。

 

また、大勢の人に読んでもらいたいわけではなく、5かん行、仏教、一念三千、法華経、ゴッホ、印象派などを学びたい人だけが対象なので、一人でも数人だけでも良いのです。

なお、友達の欄にはプライバシー設定が成されているので名前は載りません。

 

メッセージは左のマークですので、これをクリックすればできます。

右上に上のようなのがありますから。


フェイスブックを作りました

2017.12.23 Saturday | by kawa-su

五井野宏でフェイスブックを作りました。

これは、宗教と芸術を主体としています。

ここで、削除した、次兄と私の歴史も直しながら順次載せていく予定です。

もちろん、新しい書き物も載せていきます。

もう、ここでは、内部的なことは載せないと言うことでもあります。

ただし、友達申請した人しか見られません。

もっとも、投稿が入っていたり、身元がちゃんとしていると思える人は友達申請が来たら受けます。

怪しい、ただ、私の書いたものが読みたいという人で、それだけのために新たにフェイスブックを作ったような人は受け付けません。

ちゃんとした自己紹介なりがあればよいと言うことです。

名前を隠し、非難を目的とするような卑怯者はダメということです。

 


その4

2017.12.05 Tuesday | by kawa-su

吉田先生の四十九日も終わり、価値創造学会も取りあえずは中泉理事長を中心に従来と変わらず広宣流布を目指して行くこととなった。理事は多少増え、中泉、黒木、原海、柏腹、角、木田、泉の7人となった。
 「太ちゃん、これから先、学会をどのようにしていくつもりなの」
 大倉商事に顔を出したときお母さんが聞いて来た。
 大倉商事は相変わらず目の回る忙しさであったが、学会での役職も増えて、目の回る忙しさに拍車がかかっている。新しく増えた学会の役職は本部の総務部長で、これは青年部の参謀長と同じ役割なのだ。だから青年部だけではなく、本部の作戦会議の中心となった訳だ。
 「中泉さんに聞いたんだけど、去年、中泉さんは吉田先生が死にそうになったとき枕元に呼ばれ『私が死んだら1年理事長をし、その後木田さんを九州から呼び寄せ3代会長にしろ』と言われたそうだ。そして、そのとき俺も理事にしてくれるそうだ」
 「ふ〜ん、それで太ちゃんは満足なの」
 お母さんの言いかたが気に食わなかったので「数年経てば理事長になれるよ。木田さんと一緒に価値創造学会を盛り上げていくさ」と自慢げに言った。
 「太ちゃん、三男君ってそんなに優秀」
 お母さんは何を言っているんだろうと真意を測りかねた。
 「吉田は確かに価値創造学会の3代を三男君に決めていた。でも全学会員に発表はしなかったよね。なぜ」
 「それは吉田先生が急死したからだよ。お母さんだって承知だろう」
 「それは宗教家としてはおかしな発言だよね」
 お母さんは何を言いたいのだろう。俺が黙っていると「吉田が死ぬ時を分かっていたのなら全学会員にちゃんと後継者を示したはずでしょう」と言った。
 確かにその通りだ。吉田先生が間違っていなかったのなら、死ぬ時も分かっていたはずだ。それにあの死んだときの地獄の相。吉田先生は間違っていたのか。
 「吉田は事業家としてはたいした者だった。でも宗教家としては間違いを幾つも犯した。完璧ではなかったし神様でもなかった。事業家としての吉田の意見は尊重できるかもしれないけど、宗教家としてはどうなのかなあ」
 「お母さん、吉田先生は75万世帯達成したんだよ。宗教家として最高の人だろう」
 「太ちゃん、だから言ったでしょう。事業家の吉田はたいした者だと。75万世帯と言うのは宗教家として優れているのではなく事業家として優れていたんだよ。だからその75万世帯の学会員をフルに使って大倉商事も発展したし盛況新聞も発展したでしょう。事業としては大成功なのよ。でも宗教家としては自分の死ぬ時も分からなかったなんて、おまけにあの死に顔を学会員に見せたのだから、完璧ではなかったでしょう」
 お母さんは一呼吸置いた。
 「太ちゃん、ビジネスは多少失敗しても良いの。でもね宗教は間違ったら終わりでしょう」
 何かが頭の中で光った。吉田先生が亡くなってから、もやもやしていたモノの正体が分かった感じがした。
 「太ちゃん、今、価値創造学会で一番の実力者は誰」
 少し考えて「中泉理事長」と答えた。
 「違うでしょう。彼は吉田が使いやすいから理事長にしていただけでしょう」
 「まあそうだけど、そうなると……木田さんかな」
 「太ちゃん、本当にそう思っているの。又、他の学会員も皆そう思っているの」
 木田さんは人気が無い。特に青年部では人気が無い。吉田先生が可愛がっているから嫉妬心もあって、心の内では木田さんが要職に就くのを快く思っていない。そしてこれは牧野門下生もそのようである。
 「太ちゃん、はっきり言うけど、三男君が3代会長になったら学会は割れるわよ。三男君では不満の学会員が沢山いるでしょ。吉田がちゃんと後継者を発表しておけば問題は無かった。吉田が発表しなかったのは自分の死期が分からなかったから。これは宗教者としては致命的。分からなかったら余計に早く後継者を決めておくべき。大体、去年死にそうになったのだから、あの時に発表すべきだったの。大会社だったら絶対にしてたはず。ところが吉田はしなかった。何故かと言うと、自分が突然死をする訳がないと思っていたから。学会員は今、完全に疑心暗鬼になっているわよ。太ちゃんだってそうでしょう」
 お母さんの推察には脱帽した。先ほど頭の中が光ったのはこのことだったのだ。
 「お母さんには参ったなあ」
 俺は軽く笑った。
 「で、俺にどうしろと」
 お母さんは一呼吸おき「太ちゃんが3代会長になりなよ」と言った。
 何となく予想はしていたが、はっきり言葉で出されるとそれなりの衝撃は来る。顔に出たと思う。
 「太ちゃん、理事長と言うのは会長から見ればめかけだよ。会長が正妻。私はめかけだからめかけのつらさが良く分かる。日陰者だよ。お天道様の下を堂々と歩けないんだよ。太ちゃんもそれで良いのかい」
 お母さんと別れた後、俺は自分の頭の中で作戦会議を開いた。
 学会の青年部は俺が手中にしている。初めは俺の上役だった幹部達も、今では俺の下で納得もしているし満足もしている。お金を充分使ったし、俺の作戦はいつもピカイチだったから。
 北条、森田の息子、原海の息子は問題ない。あの木田さんの義弟、春谷も今では俺になついている。せいぜい劉さんだが、劉さんは木田さんを嫌っているから上手く言えば問題ないだろう。面倒だったら議員にしてしまえば良い。だから青年部は全く問題ない。そうだ青年部を要職に就かす運動をして行こう。
 牧野門下の長老達は少し厄介かもしれない。現時点では長老達の方が、青年部より力が上だ。俺に味方をしてくれる理事は義父の黒木理事。後はお金を貸している原海理事くらいだなあ。青年部から何とか理事を送り込みたいものだ。しかし、長老達も木田さんには良い顔をしていない。俺の方が木田さんより100倍は人望がある。でもタナボタを狙っている理事もいるなあ。筆頭は勿論、中泉理事長。泉理事も資格ありだと思っているだろう。まあ一番思っているのが原海理事かもしれないが。だからまず味方につけるのは原海理事だな。原海理事を味方にして理事同士を牽制させよう。「3代会長なんぞ考えていない」とお互いに言わそう。それで時間が稼げる。原海理事には、理事長をお願いしたいと言えばどんなことでも協力してくれるだろう。
 良い考えが浮かんだ。一石二鳥のアイデアだ。吉田先生は自分の死期を去年悟っていたと発表させよう。吉田先生が死期を悟っていたのなら、3代会長を吉田先生が決めていたら当然発表をする。しかし、発表していなかったのだから、3代会長は過去の発言から青年部なら誰でも良いはずだ。勿論今の段階なら木田さんだが、俺だって負けてはいない。青年部内だけだったら俺だと思っている奴は沢山いるはずだ。それに吉田先生が木田さんを3代会長にすると言うのなら、九州総支部長にして理事にまでしているのだから、当然、去年発表しているはずだ。発表していないと言うことは、木田さんは会長ではなく他の役職を考えていたと言うことになる。他の役職とは国会議員だろう。国会議員にする為に全国に名前を売る手段として九州総支部長にした。これは誰もが納得する話だ。俺でもそう聞けば納得しそうだ。と言うことは、会長候補は青年部だとしたら俺しかいないではないか。そうだ、吉田先生が生前、内密に俺を会長にしたがっていたと言う噂を流そう。
 牧野会長と吉田会長の歳の差を考えれば俺と吉田先生の歳の差も同じくらいだ。これは良い。と言うより、本当に吉田先生が俺を後継者として考えてくれていたと俺でも思いそうだ。でも、大聖人様だけは理屈をあわせられない。まあ、あれは吉田先生の妄想だろう。
 吉田先生から、木田さんを会長にして俺を理事長にしてくれると聞いたときは嬉しかった。本当に木田さんを陰で支えようと思っていた。木田さんの出世に嫉妬から来る陰口を聞くたびに注意もした。そのように思い行動して行くと、段々木田さんを好きにもなっていった。
 木田さんは人が良くて何の話でも信用するし、悪い人、良い人の見分けがつかない。本当の善人なのだ。それに情熱的だし学問も高い。3代会長には俺より何百倍も相応しいだろう。でも周りが見えていない。周りの嫉妬心が分かっていない。正義がそのまま通用すると思っている。だから周りの者と相談しないで、正しいと思ったら突っ走ってしまう。そんな性格だから会長職は木田さんには良くないかもしれない。あの正義感は政治の方が相応しいかもしれない。そうだ、その通りなのだ。俺は木田さんが好きだし、木田さんのことを真剣に考えたら、木田さんを国会議員にした方が間違いなく良いのだ。
 俺は晴々した。木田さんを国会議員にすれば、それは会長職候補から外れると言うことでもある。俺の計画の大まかは決まった。

 


その3

2017.12.04 Monday | by kawa-su

昭和33年年(1958年)河田太作
吉田先生が死んだ。吉田先生が死んだ。どう言うことか全く分からない。
 吉田先生のあの死に顔はバチが当たった顔にしか見えなかった。まるで大聖人様を迫害した平左衛門尉の死に顔と同じなのではないか。原海の息子も林田の息子も北条も驚いた顔をしていた。
 吉田先生が亡くなって直ぐお母さんから呼び出しがあった。大倉商事に小西を連れて来て欲しいとのこと。
 「お母さんこれからお葬式もあるから時間がありません」
 「太ちゃん分かっている。でもこう言うのは早いに越したことが無いから。吉田が持っていた大倉商事の株の名義を変えるのと、吉田の個人財産を大倉商事と価値創造学会の名義に変えるから」
 お母さんの提案は肝を冷やす。俺が何も言わないと、「郁子さん学会員じゃあないでしょう。もたもたしていたら郁子さんの入っている霊友園に全部持っていかれちゃうわよ。そうなったら大倉商事も価値創造学会も痛手だし、ここまで頑張ったのは大倉商事と価値創造学会でしょう。郁子さんなんか何もしていないでしょ。太ちゃんの働きをみんな郁子さんにあげて良いの」としっかりしなさいよと言ってくる。
 吉田先生の財産は何億円とある。確かにその財産を吉田家に全部持って行かれるのは困る。と言うより、郁子さんが入ってる霊友園に全部布施をしてしまうかもしれない。吉田先生も郁子さんが霊友園に入っていたのは凄く悩んでいた。そして、これは、俺とお母さんしか知らないのだ。そんなことバレたら吉田先生のカリスマが無くなるから。

俺もお母さんと同じ考え方に変わった。

なんで何もしない吉田家に財産を渡さなければいけないのかと言う思いはある。それにお母さんの言う通り、今ならほとんどの財産は価値創造学会と大倉商事に移すことは可能だ。吉田先生の財産の中身に関しては泉社長も把握していないのだから。把握しているのは俺とお母さんだけだ。
 「確かにお母さんの言う通りだ。でも、全て名義を変えるのは明らかに不都合だから、8000万円くらいはそのままにしておこう。誰かがいずれ調べるから、そのとき吉田先生名義が0だと、これは逆に問題が出る。だから、吉田家とは8000万円あると言うことで交渉して数千万円渡せば良いだろう」
 「さすが太ちゃん頼りになる。私が男にしただけあるわ」
 「お母さん、小西もいるんだから誤解されるような言い方はしないでくださいよ」
 あらまあと言ってお母さんは口に手を当てたけど、吉田先生が亡くなったら重荷が取れて口も軽くなりそうだ。
 吉田先生の自宅には、実は高い美術品があった。それは、おそらく俺しか知らないだろう。俺が吉田先生のところに行ったとき、周りに誰もいないのを確認してから吉田先生は俺に言った。
 「太作、これ何の絵か分かるか。ルノワールだよ。ルノワールと言うとふくよかな女性と言うイメージだろう。でもこれはどうってことない風景画だ。ルノワールはこう言うのも描いていたんだよ。勿論、皆がよく知っているルノワールの絵よりは安いが、それでも2000万円したんだぞ。この絵を他のどうってことない美術品と一緒に飾っておくんだ。これは家族の者も知らない。愉快だろう。ルノワール以外の美術品は1万円もしないのばかりなのに、価値の分からない者にとっては、それらの絵とルノワールの絵は同じに見えるのさ。木は森に隠せと言うだろう」
 吉田先生が亡くなってから1ヵ月後、俺を入れて10人くらいで、吉田家にトラック2台で乗りつけ、吉田家にある美術品を運んだ。「これは大倉商事と価値創造学会名義で買ったものですから申し訳ないですが引き取らせてもらいます」と義父の黒木理事に言ってもらった。劉さんは張り切って若い者に指図をした。俺はこっそりルノワールの絵をトラックの助手席に載せた。勿論、後で我が家に運ぶ為だ。

 


その2

2017.12.03 Sunday | by kawa-su

昭和33年年(1958年)森定君子
吉田は亡くなった。学会員は全員驚いてたねえ。まさか死ぬ訳が無いと心から思っていたようだ。あの現実的な太ちゃんでも吉田が死んだのが信じられないようだった。
それにあの死に顔。地獄の底を覗いたような顔だった。あれほどひどい死に顔も無いだろう。若い学会員は何が起こったか分からないような顔をしていた。最も、幹部と言われる人しか拝むことはできなかったから何人も見た訳ではないけどね。
特に太ちゃんがぼーぜんとしていたね。自分の神様がもしかしたら悪魔だったと思ったかもしれないわねえ。それほどひどい死に様だったけど、私からすれば、あれだけ酒を呑んでいたのだから当然の死に方に見えた。それは郁子さんも同じだったみたい。だから取り乱していなかったねえ。
私みたいに、吉田を馬力のある男だとしか見ていない女にとっては、吉田は去年からもう長いことは無いなあと分かっていた。「酒は程々にしたら」と一応は言ったけど聞く訳はないし、しつこく言ったらテーブルをひっくり返されるからね。きっと郁子さん所でも同じだったと思うよ。だから郁子さんも覚悟はしていただろう。
さてこれから郁子さん所とは戦争だ。財産はほとんど渡さない。郁子さんなんか何もしていないのに、私は大倉商事をここまで大きくしたのだから。太ちゃんと小西に早急に会社の財産の名義変更をさせなくては。

 


7〜8年くらい前の小説

2017.12.02 Saturday | by kawa-su

データーが無くなってしまったので、何年前に書いたのかわからないのだが、最近ではない。おそらく7〜8年くらい前のものだと思う。

この小説は創価学会がモデルだ。週刊ポストで2代会長戸田が亡くなる前後の話が連載されていて、それがずいぶん参考になったのだが、いきなり打ち切りとなり、その理由もなかった。

もしかしたら、最終回を見なかったのか、それははっきりしていない。

しかし、その話がかなり面白かったし、知らない話もかなり出たので、私が書いている小説の一部に使った。次兄の世界もなんかこの小説とリンクしているようで、ここに一部だけ載せようかなと考えている。

 

昭和33年年(1958年)河田太作
『殺してやる』
 唸るような声を出して目が覚めた。身体全体が固まっている。汗も噴出している。何だ今のは。夢……夢だろう。俺が吉田先生の首を絞めていた。まだ指が固まって開かない。
 何か嫌な予感がする。
 吉田先生は去年の11月に肝臓と糖尿で入院をしたが、今年の2月には回復して、つい最近もこれからの7年計画を聞いたばかりだ。今月には大講堂の落成式で吉田先生自らお山で指揮を取っていた。張り切りすぎて少し寝込んでいるが、まさかのことはあるまい。あーそうだ。松葉の奴のことでこんな嫌な夢を見たんだ。首を絞めたのは吉田先生だと思ったが松葉だろう。夢だからそのような勘違いはある。それにしても松葉は夢でも苦労させる。吉田先生がお山の境内を車に乗ったから何だと言うんだ。吉田先生は学会の会長なのだから、いわばお山の大スポンサーだ。それをさも鬼の首を取ったみたいに「法主さえ山門を出るまでは乗り物を乗れないのに山門に車で入るとは」と批判しやがって。俺が松葉を呼び出して衣を脱がし裸にして川に放り込んだから気は晴れたが。
 原因が分かったからこれで寝られるだろう。
 「河田室長、大変です」
 血相を変えた小西の顔が目に付く。
 「どうした」
 「吉田先生が」
 急いで理境坊に駆けつけた。
 理境坊では医師が吉田先生の脈を見ている。
 「これは直ぐに大きな病院に運んだ方が良いです」
 医師の言葉に「日大病院の先生のところに電話しろ」と小西に怒鳴った。劉さんが車の手配をしに外に出た。青年部は沢山いるのに他の者はうろうろしているばかりだ。本当にいざと言うときは役に立たない奴ばかりだ。
 俺は林田に吉田先生のところに電話しろと言い、俺もお母さん(君子)のところに電話をかけた。
 お母さんとは日大病院玄関口で待ち合わせた。日も暮れようとしていた。
 「太ちゃん、どうなの」
 お母さんは落ち着いた感じである。少し安心した。
 俺はお母さんを連れ出して歩きながら話した。吉田先生の家族に見られるのも面倒だと思ったからだ。
 「悪いことは悪いようです。面会謝絶です」
 最近、吉田先生から7年計画を聞かされていたし、大聖人様の話も聞いたので、俺は第六天の魔王と戦っているんだなとしか思っていなかったから病状に関しては心配していなかった。お母さんが落ち着いているのも同じ気持ちなんだなあと感じていた。
 「太ちゃん、吉田が万が一のときは私の味方になってよ」
 「大丈夫ですよ。先生に万が一なんてありませんから」
 俺はお母さんが何を言うのだろうと不信に思った。
 「昨日、吉田が夢枕に立った。義武のことを頼むって。あの人、息子の義武のことを気にして夢枕に立ったのではないかと思ったの。太ちゃん、郁子さんの方に味方しないでね」
 吉田先生の奥様、郁子さんは、俺には心を許していない。大倉商事で君子さんと一緒に仕事をし始めたからだろう。でも、その前もよそよそしかったので、俺も吉田先生の家に行っても居心地が悪かった。だから吉田先生が万が一のときはお母さんの味方になるのは吝かではないが、それは7年後以降の話だろう。
 お母さんは熱心な学会員ではない。吉田先生が価値創造学会の会長だからそれに合わせて入信しているだけである。だから吉田先生の偉大さも使命も理解はしていない。それゆえ世間一般的な考え方をしてしまうのだろう。
 確かに、世間一般的に言えば吉田先生は危篤状態かもしれない。でもこれは法難であって大聖人様も味わってきたことだ。ご本尊様が守ってくれているから絶対に命を落とすなんてことは無い。そう言う説明をお母さんにしたが、お母さんは俺の話を聞いて頷くが最後は「太ちゃん味方になってね」としか言わなかった。

 


次兄のこと

2017.03.05 Sunday | by kawa-su

私の次兄のことを少し書こうと思う。

次兄は、ある特殊な世界では有名であるし、その世界では神のようにふるまっている。だから信者は盲目的に次兄を賛美するし、そこから脱退した人は次兄を非難する。

創価学会や、最近話題の幸福の科学でも規模は違うが同じような現象を作っている。

ただし、宗教と言うレベルで考えた場合は、次兄の方が池田大作とか大川隆法より段違いに上である。

しかし、力で言うのなら、現状世界で見れば明らかに段違いに池田大作、大川隆法の方が次兄より上である。

次兄は、自ら神、創造神としてふるまっているが、これは十界の天の世界で言えば間違いではない。ただし、この世界(地球)の創造神と言うのではなく、次兄の世界の神とか創造神と言うことでもある。

この世界は天が最高峰の世界である。だからこの世に生まれてきた人は天の世界をみんなが目指す。しかし、力や能力の少ない者は、天を創りだせないので、誰かが創った天の下に入る。

例えばソフトバンクは孫正義が創った会社だが、ソフトバンクと言う天では孫正義が神で社員は天の下で生きる者たちと言える。

それと同じで、この世界にはたくさんの世界が創られ、その世界だけ神もいると言うことでもあるし、その世界では神は絶対者でもあるのだ。

だから次兄が創った世界では、次兄は神であるし絶対者でもあるのは間違いではないのだ。

ただ、この世界の創造神かと言うと、それはあり得ない。

そもそも、創造神はこの世界では楽しむことができないのだ。

創造神は、自分が創った世界なのだから、すべて自分の思うようにできてしまう。

8億円のロト7を当てることもできるし、スポーツのスーパースターにもなれるし、世界一の長者にだってなれる。しかし、それが楽しいことや幸せなのだろうか? 常識で考えれば、そんな世界はつまんないはずだ。

その理屈は、現在のゲームで考えればもっとよくわかると思う。ゲームの制作者は、そのゲームのすべてを把握しているのだから、そのゲームをいくらしても、まったく面白くない。そのゲームで楽しめる者は製作者側ではなくプレーヤーなのだ。

そして、このゲーム制作者が創造神と言うことだ。

つまり、この世界(地球)で楽しんだり、学んだりするのは製作者側ではなくお客側(プレーヤー)と言うことである。

だから、この世界の創造神は、この世界に降り立つなんて言うことはない。この世界の調整に来たと言うのなら、そんなレベルの低い創造神はいないだろう。この世界を創った創造神なら、ちょっとプログラムをいじれば、いくらでもこの世界を変えることができる。

しかし、仏教でいう仏の存在は違う。仏は、この世界の絶対者でもないし、この世界の最上位に立つ者でもない。この世界を楽しむために来た存在なのだ。ある意味、旅行者と同じであるしゲームで言うプレーヤーなのだ。

日本人がヨーロッパに旅行に行ったとき、その日本人はヨーロッパ旅行を楽しむために行く、それと同じようなものである。だから仏とはこの世界(地球)に存在する人とは違う存在だが、それは日本人がヨーロッパに旅行に行ったとき、ヨーロッパ人と日本人は違うと言うようなものである。

だから仏は佛(人にあらず)でもあるのだ。

人とは、この世界の住民のことである。

次兄のことを書こうと思ったが少し話がそれてしまった。しかし、次兄の立ち位置を書いておかなければこの後の説明も難しくなってしまう。

次兄は、運動家でもあった。

特に、空き缶運動はある程度有名だ。

私はこの運動に関しては、次兄は天才だと思っている。

今から40年以上も前に空き缶はリサイクルをしなければならないなんて、誰が提唱できるだろうか。そしてその時、次兄は24歳なのである。

リサイクルと言う言葉は色々なところで使われただろうから、リサイクルと言うことを提唱したと言うのは、実はそれほどのことではない。

次兄の天才的なところは、空き缶が捨てられている状況の解決策を示したことである。

空き缶が捨てられているから、みんなに捨てるのはやめましょうと言う運動家はいる。富士山の空き缶拾いをして訴える者は昔からいた。

しかし、そんな運動は本人たちの自己満足が90%以上占めているし、本気で問題解決をしようとは考えていない。

次兄は、解決策として、企業、行政、消費者、三者が協力しなくてはならないと、空き缶に関しては初めて提唱をした。

そのころ、空き缶が捨てられているのは消費者のモラルのせいだと言われていたし、捨ててある空き缶を何とかしないのは行政が悪いと思っていた。誰もが企業責任なんて考えてもいなかった。

企業は売ったら、売りっぱなしで、後のことを考えないでいいのか。

今では、こんな当たり前の理屈が40年以上前では理屈にもならなかったのだ。

また、空き缶を公害だと訴えたのも次兄が初めてであった。

それまでは、水俣病の様な排水汚染、大気汚染が公害だと思われていたのだ。

次兄がマスコミに「空き缶公害と言ったのが通ったよ。さすがに言いすぎだと思ったけど通用した」と言ったのを今でもよく覚えている。

これ以後、何でも公害と言われるようになった。

次兄は、常に本質を見抜こうとしていた。

普通の人は本質より形を重要視するが次兄は違った。

だから、次兄が運動家として一生を送ったら、これは凄い運動家になったはずである。賛同者がほとんどいなくても凄い運動家ではあったはずだ。

実際、本質的な運動には大衆はついてこない、形がしっかりしたものにしかついてこないのだ。その形も本質はどうでもよく、体裁とか力についていく。

実際、次兄の空き缶運動に参加したのは私と弟、吉◯さん、そして宗教がらみで一人、世に名を売りたいからと言う者が一人しかいなかった。後は次兄が本を出し、その本に感銘を受けた読者が後に運動をしただけである。

つまり、本により、次兄もある程度力がついたので、その力によって参加したのであって、運動に賛同して参加したわけではないのである。

だから、ある意味、次兄が運動家だけになったとしたら、賛同者はほとんどいなくて、運動も認めてもらえなかったかもしれない。でも、そんな結果になったとしても、運動家としてはとてもレベルが高くなったはずなのである。

次兄が最近何をしているのかはよく知らない。

私がいた頃に浮世絵、ゴッホなどを研究し、広めようとはしていた。私もその影響をものすごく受け、今でもゴッホと印象派の研究はしている。

そして、今日、偶然に次兄が研究発表した、ゴッホや印象派、浮世絵の論文を読んだ。

もし、次兄が赤の他人だったら、私はこの論文を書いた作者に会いたいと思っただろう。

次兄の論文は明らかに学者の論文とは違うし、一般の研究者とも違う。

どちらかと言うと私の研究論文に似ている。それは、形より、本質を見ようとしているからかもしれない。

次兄の論文は思い込みや決めつけが多い。

だから、そんな書き方を嫌がる人も多いと思う。そして、次兄の信者は書いているのが難しいために理解ができないかもしれない。だから、次兄の信者でない限り誰も読まない類のものでもある。

私が読んだ論文はクレポンのこととゴッホの時代のフランが現代ではどのくらいの価値だったかと言うことと、印象派の名前の語源のことである。

ゴッホの時代のフランの現在価値と言うのは、ゴッホ時代を研究すれば絶対に知りたいことでもある。それなのに、それに触れるゴッホや印象派研究者はいないのである。

ゴッホや印象派のことを勉強したいと考えたらそこは一番重要なことなのに誰もそれに触れない。

私は当然研究した。結論的には次兄と私とでは少し違いが出ていた。

次兄は、いろいろな例を挙げ1フラン500円くらいと結論づけていたが、私はそれよりもう少し高くしている。

この問題は何を基準とするかによって結論は違ってくる。だから正確な答えなんてない。

一般労働者の基準で考えたり、外食で考えたり、宿泊賃金で考えたりで結論は違ってくる。

現在だって円とドルとユーロの適切な価値の違いなんてはっきりしていない。

よく言われるのが、マクドナルドのハンバーグの値段である。それで比べるのが一番わかりやすいと言われるが、それだって絶対ではない。

次兄はいろいろ調べ、対比させて1フラン500円と結論付けた。

ただ、浮世絵を考えたときに500円は安い。

なぜフランの価値が重要であるのか?

それは、ゴッホ、印象派の画家のほとんどが生活に苦しむ中、絵を描いていたからだ。

定説として印象派1880年代には世に認められたことになっていて、多くの研究者がそれに異議を挟まない。

確かに、画商のポール・デュラン=リュエルが印象派に目をつけ、印象派の絵を買いあさっていた時はモネを始め、印象派の画家は多少潤った。

しかし、印象派の絵はまだまだ世間に認められず、ポール・デュラン=リュエルの資金も無くなってきて、何とかしようとアメリカに渡り、そこで成功してから印象派の絵も認められるようになったのである。

だから、印象派の絵が世間に認められ始めたのは1880年代ではなく1890年代なのだ。

次兄も書いているがモネの絵が1880年代いくらだったのか知れば、モネの認知度も分かるのだ。

もしモネの絵が今の価値で言えば数千万円で取引されたのであれば、これは間違いなく認められていたと言える。

しかし、モネの絵は数百たまに数千フランが相場であった。

この数百〜千フランが現在の円でどのくらいだったのかわからなければ、認められていたのかまだだったのか見当もつかないのである。

当時のヨーロッパで、認められる金額は数千万で、悪くても数百万でなければ認められたとは言えない。

数千万円の価値を持つ絵を描ける画家はアカデミーの大家の画家で、数百万円くらいのアカデミー画家はそれなりにいた。

ゴッホの師匠でハーグ派の重鎮モーグは数百万円の絵が描ける画家であったから認められていたと言えるが、今ではゴッホの師匠でなければ誰も知らない画家であるし、それくらいの知名度でも知名度のある絵を描いていたのだ。

印象派ではモネの絵が価格では他の印象派画家のワンランク上であったので他の印象派の画家はどう考えても1880年代は認められていたとは言えないだろう。

しかし、数百〜千フランでも定期的に売れるのであれば認められていると言えるのだが、それが売れないからモネはゴッホの弟テオを頼ったのである。

この辺の事情も、フランの価値が分からなければピンとこない話なのである。だから、印象派やゴッホ研究家は初めにそれを調べるはずなのだが、そういうのを日本の研究書籍では見たことがない。

それにゴッホはテオから支援を受けていたが、それもフランの価値が分からなければおこずかい程度だったのか、暮らせるだけのお金だったのか分からない。

ただ、食事代とか宿泊代でフランの価値を決めるのは難しい。

今でもそうだが、ヨーロッパでは外食はもの凄く高い。だから貧乏人は外食なんてほとんどしない。スーパーで食材を買うと安いから貧乏人は自炊だ。

でもゴッホは自炊なんてしなかった。

売春婦のシーンと暮らした時は、おそらく自炊をしたのだろう。だからテオの仕送りでもシーンの家族を養えたのだと思う。

だから、ゴッホが貧乏人だと言う解釈は少し違う。一般人からすれば貧乏人ではなかったが、自炊で時間を取られるより絵を描きたいために外食をした。でも、アルルでは売春婦も買っていた。

だから、ゴッホは弟のテオにかなり甘えていたことになる。

現在の常識で考えれば、こんな兄を誰が支援できようか。

支援しても、最低限自炊して売春婦は買うなと言いたくなるはずだ。

だから、ゴッホを語る時に弟のテオの偉大さも語らなければ片手落ちになってしまう。しかし、それもフランの価値がはっきりしなければあやふやな問題になってしまうのだ。

クレポンに関しては次兄の論文では決めつけもあったが、これは問題ない。なぜなら独断、決めつけから研究は始まるのだ。

そして研究が進むにつれ、独断や決めつけが間違ったと知ったら、その時、訂正すればいいのである。

これを勘違いしている人が多い。

決めつけや独断は間違っていると。

確かに間違っている場合が多いが、世の中の定説だって正解とは限らないのである。

最近、聖徳太子は存在しなかったなんて言われているが、事実は藪の中で、多くの賛同者が得られると、いつの間にかそれが定説になるだけである。

釈迦にしたって、アソカ王が釈迦と書いてある石碑を見つけたから現実に存在していた人物とされているが、その石碑が間違っていたかもしれないので、実際は存在していたかなんて誰も分からないのである。誰もは語弊があるかもだが大きくは間違っていない。

つまり、正しいなんて言う言葉は、その時の勝利者が言う言葉であって、事実かどうかなんてはっきりしないのである。勝てば官軍はどこでも通用する。

だから、全てを疑ってかかる場合は独断と決めつけは初めの一歩となる。

次兄が研究したクレポンは間違っている可能性が高いのもあるが、価値があるかもしれないのである。

印象派の語源も書いていたが、これは結構参考になった。

モネの印象・日の出は確かに浮世絵ポイからインスプレッションと日の出の前に付けたのかもしれない。ただし、後の名称の印象派展でモネの日の出を見て「確かにこれはインスプレッションだ」と言われたのは、浮世絵的と言うよりラフ画だと言うニュアンスだったと思う。

モネ達ゲルボア派はインスプレッションのことに関してかなり関心を持っていた。

それは、浮世絵と言うのもあるが、ささっと描くスケッチと言う意味もあったのだ。

この時代、戸外で描くと言う画家が現れたが、多くは戸外で簡単なスケッチを描き、そのスケッチをもとに室内で絵を描いたのだ。当然、戸外で描くスケッチは短い時間で印象に残る景色をささっと描いた。

この時代、絵は何か月とか何年もかけて描くものだった。

それがモネの日の出は数時間、下手をすれば1時間以内で描いたように見えたのだから、これはインスプレッションだと言われたのだろう。

アカデミー絵画全盛の時代、そんな絵を見たら、良識のある者は怒るのが当たり前である。絵画を冒とくされたように感じるからだ。

日本の絵は印象派だけではなくアカデミーの画家も認めている者が多かったから、浮世絵的だと言うのは憚れただろうし、だいたい、浮世絵自体が、一般的にはそんなに浸透していなかった。浮世絵も熱狂的な時代に入るのは1890年代からである。

しかし、モネはインスプレッションを浮世絵として題名をつけた可能性が高いので次兄の説は正しい可能性が高い。そして、その方が印象派の説明もしやすくはなる。

印象派と言う名前は、ドガは嫌っていたし、モネもルノワールも、後には自分の絵に印象派と言う名前を付けられるのを嫌がっていた。唯一、ゴッホは自ら印象派を名乗っていたので浮世絵に傾倒していたと言うのが分かる。しかし、モネにしても、自分の絵は浮世絵を乗り越えたと考えたから印象派の名前を嫌がっていただけで、浮世絵を200枚以上収集して、ジヴェルニーの自宅の壁に飾って楽しんでいたのだから、浮世絵自体は否定していなかったし宝物としていた(ただ、ゴッホの収集していたのと違い、モネが収集していた浮世絵は、写楽、歌麿、北斎など現在高額な浮世絵が多かったのだが、壁に飾っていたために色が落ちてしまい価値がかなり下がってしまった)。

モネとゴッホの浮世絵収集の中身が違うのは一つのミステリーなのだが、推理すればある程度は分かる。ヒントは浮世絵が爆発的人気になったのは1890年代からだが、値上がり始めたのはゴッホのアルル時代から始まった。

私が次兄のことを別れてから初めて書くのは、次兄の世界を離れたので、次兄の世界での考え方を私はできないが、それでも、この世界の何かを次兄は知っていると思うからだ。

次兄のところを脱退して次兄を非難するのは簡単である。

また、非難することにより、次兄より自分の方が上だと言いたいのも分かる。

次兄のやることは現代世界の常識からすればおかしなことばかりだから、それを指摘して次兄がおかしいと言うのはあまりにも短絡すぎる。

 

例えば、織田信長を勉強すればいい。

織田信長の時代、その時の時代常識をいくつも信長は破った。しかし、勝って行けば、それが正しいと人は言うのである。勝てば官軍だ。秀吉なんてどれだけ残酷で卑怯なことをしたのか。それでも秀吉の賛同者は多い。政治は勝った方が正義なのである。そして、古代インドの思想では負けた方は修羅にされるのだ。阿修羅王はアーリヤ人が征服した土地の太陽神だったのが負けたために阿修羅にされたのである。

つまり、この世界は良い人間は政治の世界では敗者になる可能性が高く、ずるい人間ほど勝者になる可能性が高いのである。そして勝った方が正義なのだ。

この世界で創られた政治の天の世界は本当の事実なんてどうでもいいのである。

勝って、自分の都合のいい話を事実とし、正義とするのである。

だから、正しいとか間違っているなんて言う論理は政治の世界では無意味でもあるのだ。

次兄は、宗教の世界の形を取っているが政治の世界だ。ある意味、創価学会や、幸福の科学と同じである。と言うより、世界の宗教のほとんどが政治の世界なのだ。

政治の世界は敵を作り、それを悪と言う、そして、自らを正義と言い、戦いを奨励する。

それがどの世界でも同じであったが、不思議と古代インド思想と仏教の始まりは哲学なのである。ただし、時代とともに哲学から政治に代わってしまったが。一応、妙法蓮華経も仏教では珍しい政治宗教である。日蓮は100%政治宗教だ。

だから、その流れをくむ宗教は必然的に政治宗教となってしまうし、その宗教に反対する勢力も政治宗教となる。

最後に洗脳されていると言うのがある。次兄に対して洗脳されたと非難する者も多いだろう。しかし、この世界のほとんどが洗脳の世界なのだ。また、洗脳されているから、自らが安定しているともいえる。もし、洗脳がすべて解けたら自分がふわふわした状態になり、とても不安定さを感じもやもやした気分になるはずである。

だから、ほとんどの人が洗脳されたがっている。ただ、その洗脳された世界が、レベルが高ければ、割かし幸福になれる。レベルが低いと不幸になるのだ。だから洗脳されるのならなるべくレベルが高い方が幸せだ。日本と北朝鮮を比べればよくわかると思う。

そのすべての洗脳が外れた者たちを佛と言い、佛がそれぞれの世界を楽しむ行動が菩薩道で、この世界を相手にしないのが縁覚、佛に付いていき佛と一緒に世界を楽しむのが声聞である。

この辺はかなり説明しないと分からないところだがとりあえず簡単に。

結論的には、この世界は天が最高峰で、佛と言えども、天の境地(世界とは違う)は望んでいる。なぜなら、この世界を楽しむために来たのだから、当然、その最高峰の天の境地は味わいたいのだ。ただ、創造神、いわゆるこの世界の制作者が、そんな単純に佛(プレーヤー)に天の境地を味合わせない。やはり人生を面白くしてやろうと言う製作者の意図があるのだ。

それでも、あまりにも製作者(創造神)の求めているゲームの面白さが大変だと、佛も、もう縁覚でいいやなんて言うことも思ってしまう。その辺の駆け引きがこの世界の面白さでもあるのだ。ただ、これも唯物与仏でなければ分からないことなである。

次兄はかなりこの辺のことも、この世界の仕組みも分かっている感じだ。次兄は創造神ではないが、その近くにいたと言う可能性はある。誰も言わないこの世界の秘密をかなり知っているから(それは、一般受けするカルト的な話ではない。次兄の信者には話さないようなことを私にはいろいろ話したことがある)。

だから、次兄の世界に入ることはもうないが、次兄が最後、何を目指すのかは関心がある。

私は天の境地には関心があるが、天の世界を創るのは関心がない。だから、集団とかは作らないし、そんな元気もない。一人もしくは数人くらいなら一緒に何かをしてもいいが、大人数はエネルギーが持たない。天を創る神に比べれば、力は比べ物にならないほどないのだから。