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アーリア人

2010.01.05 Tuesday | by kawa-su
 仏教を知るためには古代インドに侵入したアーリア人のことも知らなくてはならないだろうと考え下に記します。

孔子もソクラテスも釈迦と同じ時代に活躍した

釈迦が活躍した時代は、今から二千五百年ぐらい前の時代です。

二千五百年前というと、中国は孔子が儒教を説き、ヨーロッパのギリシャでは、ソクラテスが哲学を、そしてバビロン捕囚により、ユダヤ人がバビロンに連れていかれ、その地で、旧約聖書が文字によりつくられていき、現代のユダヤ教が生まれたのも、ちょうど同じ時代だったのです。

つまり二千五百年前頃の時代は、現代に強く影響を与えている、哲学、宗教が世界同時多発したのである。

この事は偶然なのだろうか

すくなくとも、古代インドとギリシャに関しては、偶然ではなく必然のように思われる。なぜなら、ギリシャ人も古代インド人も、元をただせば同じア―リヤ人だからです。

ア―リヤ人とは、肌が白く鼻が高い民族で、簡単にいうと白人のことである。

紀元前千七百年頃、南ロシアに住んでいたアーリヤ人は、何かしらの理由で移動を始め、一部はヨーロッパに行き定住し、ギリシャ人、イタリア人、ゲルマン人、チュートン人、ケルト人、スラヴ人となった。

又、あるアーリヤ人の諸部族は東方に向かい、カスピ海の南東にあたる西トルキスタンに数百年定住し、そこから再び移動して、インド・イランに定住したのである。

つまり、元をただせばギリシャ人もインド人も同じ民族だったのである。

同じ民族ということは、宗教も初めは同じだったということで、実際、両者の宗教はとても似通っており、ギリシャも古代インドも自然崇拝の多神教で、神とは輝く者という意味で、天を最高の神としていた。

インドでは天の神をディヤウスと呼び、ギリシャではゼウスと呼んでいた。ほとんど同じ呼名といってよいだろう。

又、アーリヤ人はもともと遊牧民だったので、火をとても大切にし、そのため火を祭り、祭る火のことを聖火としていた。今でもオリンピックで聖火を大事にするが、これは、もともとアーリヤ人の宗教から起こったものだと考えられる。

ギリシャの聖火は、現代オリンピックの中に形を残しているが、インドの聖火も密教の中に取り入れられ、護摩として現代でも残っている。

宇宙に関しても、ギリシャと古代インドは同じように捉えていた。それは、宇宙は神々とは別にそれ自身で存在し、神々も人も宇宙の中に存在して、宇宙には一定の法則があるということである。

この考え方は、宗教というより哲学や科学に近いものがあると考えられる。そのため、ギリシャのソクラテスと、古代インドの釈迦の教えは、宗教というより哲学といった方が正しいのかもしれないのだ。

ソクラテスが哲学なのは当然だが、釈迦は宗教だろうと考える人がほとんどでしょう。しかし、釈迦の時代、その教えは宗教であったが、今の信仰宗教とは違い、哲学宗教だったのです。古代インドは、現代の、人々を救うという宗教ではなく、自己の完成とか、どういう生き方をするべきかという教えだったので、哲学に近いものがあったのです。

ギリシャと古代インド・イランはアーリヤ人により繋がっていたということがわかり、両者が、宗教、思想で出発点が同じだったため、二千五百年前頃、両者に哲学、宗教が華開いたということは、まったくの偶然だということができないということを述べてきたが、他の国との関係はどうだったのだろうか


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  • 2010/01/05 4:23 PM