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宗教・政治・教育の三権分立

2011.01.10 Monday | by kawa-su
 宗教は私の人生のテーマの一つです。

昔ながらの宗教を信仰している人、新興宗教を信仰している人、特定の神様を選ばないで宇宙そのものを信仰している人など様々ですが、信仰の思いの大小はともかくとして、宗教を否定している人はほとんどいないと思います。

何しろ占いとか、初詣とかしますからね。

私も特定宗教団体は時によって肯定したり否定したりしていました。

そんな私も最近は段々宗教に対しての考え方が固まってきました。

現代では、特に宗教は必要だと思っています。

心や精神の問題を己だけで解決できるような強い精神や心を持っている人が少ないからです。

精神が病むとうつ病になります。

心療内科という現代でもうつ病になったときに受診するところはありますが、そこでよい先生に出会えることはあまり確率が高くありません。

特に日本はこの分野は遅れているのではないでしょうか。この辺は専門家ではないのではっきりしませんが、ろくでもない医師が多いのでそう思ってしまいます。

だから、スピリチュアルを求める人も多くなります。

これも一種の宗教です。

それを商売にする人もたくさんいますが、それはそれでいいのではと私は思っています。

それに、スピリチュアルを商売にするのは本当は大変で、自分の欲が勝ってくると、本人に必ず何かしらのことが起こっているはずです。現世で起こらなくてもきっと来世では起こるでしょう。まあよくわかりませんが^^

この欲が勝っている、いわゆる宗教を食い物にしている人が多いのと、知りもしないことを断定的に言うスピリチュアル教師や霊能者が多いのもこの世界に対してうんざりもしていました。

でも、それによって救われる人がいる限り、否定よりも肯定しなければいけないかなと最近は思っています。

変なスピリチュアル教師や霊能者はいずれ淘汰されると思うし、されずにでかくなってしまったその手の人たちは、いずれ何かしらのことが起こると思えばいいかなと考えています。

騙される人も出てくるけど救われる人も出てくるから、どちらかと言うと救われる人に重点を置いたら肯定するしかありません。

日本は宗教が世界的に見ても盛んではありません。

それゆえ自殺者も多いのかもしれません。

どうしようもなくなったとき、信じるものがあれば、それによって最悪な事態には起こらないかなとも思います。

それに信じているものがあればポジティブに働けるしね。

信じるものがない人ほど何かあったときにネガティブになります。

上手く行っているときは強気に生きているんだけど、つまずくと結構もろい人が多いようです。

それゆえ、多少、スピリチュアルや霊能者や、宗教者にお金を取られたとしても、所詮、お金ですからと割り切れば、その存在は今の日本では必要だと思うのです。

しかし、どうしても宗教関係者に譲れないことがあります。

それは宗教に政治を絡ませることです。

政教分離、日本では法律にそう定められているのに、堂々と政教分離していない宗教団体が多すぎます。

もともと、宗教と政治は密接に絡まっていたし、古代では宗教が政治でもありました。

キリストは宗教家の面と革命家の面を持っていました。だから完全にキリスト教自体、宗教と政治が一体となっているのです。昔は国教になってい足し、今でも国教にしている国もあると思います。

宗教と政治が一体となると、当然違う宗教をしている国に戦いを仕掛けます。これは歴史がいくらでも証明しています。

つまり、宗教と政治が一体となると争いが生まれるのです。

本来の宗教なら争いを好まないはずです。

それが自分の宗教が一番正しいなんて言うから争いが生じます。

自分の宗教が一番正しいと言う証明は国がその宗教を一番だと認めることです。それゆえ、国教となるのです。。

自分の教えが一番正しいと思うのなら押し付けなんかしなければ良いのです。

信じる人だけで信仰すればよいのです。そしてその人たちが幸せそうにしていて、それをうらやましがる人たちがその信仰に入ればよいのです。

正しいのなら廃れそうになったらそこの神様が助けてくれるはずですから、神様に任せればよいのです。

廃れてしまったら、その神様ではもう駄目だと諦めればいいのです。

仏教には王仏冥合と言う教えがありますが、これはその教えを曲解すると、もしくはそのままなのかもしれないが政治と宗教が一体となると言うことです。

ただし、違う捉え方もできますが。正しい宗教が広まれば正しい政治が行われると言うように。

でも、どうしても政治と宗教の一体がこの教えには感じられてしまうので日蓮は法華経を国教にしようとしました。

そしてその教えが根底にあるから日蓮系の宗教は表でも裏でも政治に関わろうとしています。

今の幸福の科学も創価学会のまねをしようとしているし、オーム真理教などは武力による政治介入までしようとしていました。

全ての元凶は宗教が政治に介入しようとしたからです。これさえしなければ、私は多少のことには眼をつぶってもよいのではないかと思います。

それゆえ、宗教と政治は分離しなければならない。

そして、それと同じような理由で、教育も分離しなければいけないと思っています。

教育も政治と一体となると、これは完全に政府の思うままに国民は動かされます。

宗教、政治、教育は洗脳が一番強いし効果があるのです。

その洗脳が強い三つが一体となったらもう無敵です。

日本が軍事国家になったときも宗教、政治、教育が一体となっていました。だから国民は一致団結していました。

今の韓国や中国が日本を敵視していたのも韓国や中国の教育が日本を敵視した教育をしていたからです。

戦争を知らない国民が戦争の恨みを持つなんて完全に洗脳です。

結構戦争を知っているお年寄りのほうが日本を敵視していなかったりしますからね。

だから、教育に関しては世界規模で考えて、同じような教育をしなければなりません。

それは大きな洗脳だと言う意見は当然出ますが、今のところ、教育って洗脳だから、同じ洗脳ならまだよい洗脳のほうがいいかなと言うことです。

もちろん未来にもっと世界のレベルが上がったら、もっとよい方法を考えれば言いと思います。

現状では、ベストではなくベターくらいに考えるしかないかなと。

このような理由で、私は政治、教育、宗教は完全に分離して新たな三権分立をすればよいのではと提案したいのです。

と言っても政治家ではないので、提案しかできないし、実行は来世でもない限り無理でしょう。

でも、宗教を選ぶさいに、政治にさえ絡んでいなければ最低限OKというのはある線引きにはなると思います。

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