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次兄の本

2016.12.31 Saturday | by kawa-su

私が法華経を説こうと書き始めたときに、アマゾンで参考資料を探していた時に次兄の本が発売されることを知った。

本を買った読者感想によると、救われる道は里づくりをすることらしい。

不思議な因縁と言うより、やはり次兄は何かを知っているのかなと思う。

私が法華経を説こうとしたときに次兄は一念三千論をもとにした本を書くと言うし、私が山に入り、里づくりの様な事をし始めているときに『里づくり』の重要性を本に書いているらしい。もちろん、本を読んでいないので詳しいことは分からないが。

法華経のことや里づくりは、もちろん次兄の影響を私が受けたわけだから、主題が同じでも当然のことなのだが、同じ時期と言うのが不思議な因縁なのだ。

次兄の本の宣伝文を見ると、昔とあまり変わらない感じがする。

主観的であるが、相変わらず力強い感じがする。これだけ力強いと信じる人もそれなりにいるだろうと推測できる。

アマゾンのランキングを見る限りでは2万部は売れそうである。

この本を出すことによって、また次兄の力が増すかもしれない。

一念三千論とは中国の天台大師が説いたものだが、これは十界に十界をかけ、それに十如是と三世間をかけたら三千になり(10×10×10×3=3000)それがこの世界だと言うことなのだが、この中で、純粋に法華経に書かれているのは十如是だけである。

十界のうちの六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天)は仏教成立以前の古代インド思想を起源としたものだし、残りの四聖(声聞、縁覚、菩薩、仏)は天台宗の教義に出てくるものである。

三世間は竜樹の大智度論に出てくる世界である。

日蓮や天台が法華経をもとにした理論(論蔵)、を世に出すが、全て法華経をもとにしたと言うのではなく、いろいろな仏教から抜き出している。

法華経を唯一と言うのなら、法華経のみで論を書けばいいと思うのだが、法華経だけでは説明できないと思ったのだろう。

実は次兄もそのような書き方をしている。

悪く考えれば法華経と言うメジャーな経典を利用しているとなるし、良く言えば、今の衆生に対応するために書くため、衆生の知識(興味)に合わせて書くからと言うことになる。

そして、それは間違ってはいないのだろう。いくら真言だからと言っても誰も興味のないことを書いても誰も読まないのだから。誰も読まないものは力を得ることができず、そのまま埋もれてしまう可能性があるのだ。しかし、その時代に誰も理解する人がいなくても、後代ならば理解する人も出る可能性もあるのだ。ゴッホのように。しかし、法華経だけは後代でも理解する人が出てくる可能性は低い。何しろ、法華経は仏と仏しか理解できないのだから、後代に仏が現れなければ誰も理解できないで終わり、埋もれてしまう可能性が高いのである。

そして、天台も日蓮も法華経が言う仏ではないから逆に自説を法華経解説として後世に残すことができたのだ。


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