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天の世界

2017.02.23 Thursday | by kawa-su

天とはこの世界に生まれてきたすべての人が憧れ求めている境地である。

幸せの境地は天である。

宝くじが当たる、良い学校、又は良い会社に入ることができた、給料が上がる、旅行に行く、恋人ができる、結婚ができるなど、幸せだと思われる境地はすべて天の境地なのである。

そして、その天の境地をなるべく維持するために天界を創るものが出てくる。

天界とは一つあるだけではなく無数にあるもので、ただ、大きさが違うだけである。

例えば地球と言う大きな天界の世界があり、その中に日本とかアメリカと言う世界が入っている。又は、トヨタとかソフトバンクの様な会社の天界もあるし、芸能界の様な天界もある。数人しかいない会社でも小さな天界と言える。

つまり、トップが存在する世界は天界だと言えるのだ。

そして、その天界に敵対する存在を修羅と呼ぶ。

修羅とは天に負けた存在なのだが、負けていなくても天界からすると敵対する存在は修羅なのだ。

例えば日本最大の宗教団体、創価学会は天界であるが、創価学会に敵対する宗教団体からすれば創価学会は修羅となるのである。

だから、創価学会に敵対する団体は創価学会を悪魔の様な呼称をつけるのである。

しかし、それは、その敵対団体の中で修羅になっているだけで、それ以外の世界では圧倒的な力を持つ天と言う存在になっている。

時が過ぎ、創価学会が衰退し、他の宗教がこの日本を牛耳ったら日本と言う世界でも創価学会は魔とか修羅の存在になる。

これは、同じ仏教教団の釈迦教団と提婆達多教団の関係でも言える。

釈迦や提婆達多が生きている時代では、両者は同じ仏教教団のライバルであったが、その後、釈迦教団が信者数を増やし今の時代までその勢力が残り、提婆達多教団は消滅すると完全に提婆達多は悪人(魔とか修羅)にされてしまうのだ。

日蓮教団でも同じことが言えて、現代では日蓮関係の教団では禅宗や浄土真宗などは魔とか地獄に落ちる宗教にされている。

つまり、天の世界では天の教義が正義であり、敵対する者は悪なのである。

だから、正しいと自らの宗教をほめたたえる教団はすべて天の世界なのだ。

法華経は正しい教えの白蓮と翻訳されていて、初めは正法華経と題名を訳されていたのだが、鳩摩羅什が妙法蓮華経と正の字を妙に変えた。

何しろ、法華経は正しい宗教、唯一の宗教と広める者は言っているので、完全に仏教ではなく神教(天の教)だと言える。

だいたい、南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経と、唱える行為に何の違いがあるのだろうか?

論理的には、行為は同じである。どちらも唱えれば幸せになれると言っているのだからレベル的にも同じである。

親鸞の教えは哲学的ものであったが、それを蓮如が神教としたために念仏も完全に神教になってしまった。ただ、神教にならなければ多数の信者を獲得するのは難しいので、教団宗教を目指すのなら仕方がない行為でもある。


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